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2010-03

家族旅行2010(8) - 2010.03.30 Tue

旅行最後の宿は、群馬県の谷川温泉にありました。
一昨年リニューアルされたというお宿は、和風のこじんまりとしたきれいなお宿でした。
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廊下

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二間続きで奥の座敷にはベッドが二人分

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洗面所
洗顔フォームや化粧水パックなど、女性用のアメニティーグッズも充実しています。

そしてまたしても足袋靴下が!
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カラーたび靴下
今時の流行りなんでしょうか?
この宿にはスリッパはなく、「スリッパ代わりにお使いください」と渡されました。やっぱり履き心地良くて嬉しい~

部屋にはフリージアが飾られていました。
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一輪ざしのフリージア

よく見るとただの花瓶ではありません。
何かの動物のように見えます。
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頑張る姿が微笑ましいウサギ?

ここでもスネイプ先生にご登場いただきました。
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桜吹雪とスネイプ先生
今回の旅行では、スネイプ先生に『和』の雰囲気を堪能していただきました。

夕食も美味しかったです。
お客の人数が少ないためか、絶妙のタイミングで運ばれてくるので、熱々を食べることができました。
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前菜やお造りなど

食前酒に梅酒がつきました。
特に事前に子どもたちの年齢を伝える機会はなかったのですが、梅酒がついたのは二人分、あとはジュースがついていました。
あと3か月余りで成人する娘は、申告しないでも未成年に見られたことにショックを受けていました。だって娘のいなかった初日、黙っていたら長男(18歳0カ月)のところにも杯を持ってきてくれたので、「要りません」と断る必要があったんです。(よく姉弟逆転して見られます)

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左:ソフトシェルクラブ、右:ヤマメ
ヤマメは天然物だそうで、大きさもまちまち。「お父さんに一番大きなのを」という配慮で夫も嬉しそう。
メインは上州牛のステーキだったのですが、すぐに食べ始め、撮影し損ねました。

デザートの頃に、尺八の生演奏がありました。
生の演奏はやっぱり良いです。聴き惚れました。

旅の最終日は何の予定もなく、まっすぐ帰るつもりでした。
が、宿の人に勧められてすぐ近くにある天一美術館に行きました。ピカソやルノアールの本物があるというのです。

展示物を見る前に、その建物の構造の不思議さに目を奪われました。
私は建築家のことには全く疎いのですが、有名な方の遺作らしいです。
しかしその名を知らなくても、空間から受けるインパクトは強く、異空間に足を踏み入れたかのような感覚を覚えました。
展示物の割に空間が広い上、平日の朝10時で私たち家族以外もうひと組のお客さんしかおらず、閑散としていて余計に胸がざわざわする感じを受けました。
宿の人の話通り、ピカソもルノアールも岸田劉生の麗子像あって、絵のことはよくわからないながらも、子供たちに本物を見せることが出来て良かったです。
最後にハーブティーとチョコレートを出してくれました。
美術館でお茶が紙コップではなくちゃんとしたカップで出てくるとは驚きました。ちょっと得した気分で旅は締め括られました。

三泊四日で1000kmを超える走行距離でした。
遠かったけれど、日本海に沈む夕日・手掘りで日本一長い隧道・由緒あるお寺・樹氷、米・酒・魚など美味しいものの数々、温かいおもてなしをどこでも受けたこと、みんな良い思い出です。
新潟に行ったのは初めてですが、今回は中越地方限定だったので、次に機会があったらもっと違うところにも足を延ばしてみたいです。

家族旅行2010(7) - 2010.03.29 Mon

雲洞庵見学後、夫の見たいトンネルがもう一つあったのですが、途中通行止めになっていて行けませんでした。
近くの酒屋さんで地酒を購入した際に聞いたら、冬期は雪崩の恐れがあって通行止めなのだそうです。

そうこうしているうちに子どもたちを迎えに行く時間が近付いてきたため八海山に向かいました。
少し時間に余裕があったので、私たちは二人で観光のためロープウェイに乗ることにしました。八海山頂上付近まで7分で行けるロープウェイがあるのです。

大きなゴンドラ(81人乗り)に乗りこむと、私たち以外は皆スキー客かスノボ客で、かなり混雑していました。
山頂の駅で降りると、当然ながらスキー客たちは滑って降りるので、帰りは空っぽのゴンドラが戻っていきました。
私たちも次の便が来るまで、少し山頂付近を見学しました。

雪の質が下界と全く違うことに驚きました。
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まるで片栗粉を踏んでいるみたいな感触!

そして、青空と樹氷がとてもきれいで息をのみました。
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青空と樹氷

もちろん、ここでも先生に登場していただきます。
青と白と黒の対比が美しいです(笑)
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樹氷に背を向けるスネイプ先生

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物思いに耽るスネイプ先生

いつもとアングルが違うことにお気づきでしょうか。
白い顔が白い雪に紛れてしまわないよう、撮影者の夫が色々角度を変えたのです。いつも肘を曲げた姿勢でちんまり撮影しているのに、この時は人形をはめた片手を頭上高く挙げ、遠目には、エイエイオー!とでも言っているように見える姿でした。下から撮影する形が新鮮な印象となりました。
しかし、夫はカメラマンさながら、空中のスネイプ先生の角度を調整するので、片手を挙げたままの私は恥ずかしいのなんの!終始うつむいていました。
でも、おかげでなかなか良い写真になったと喜んでいます。

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八海山からふもとを見下ろすスネイプ先生
雪崩あり の札が!

帰りのロープウェイは私たち二人だけだろうと思っていたのに、なぜかスキーヤーも1人乗っていました。疲れてしまったのかな?
撮影し放題だと思ったのに、残念!

でも撮影しました。
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ロープウェイ内から山の斜面を見降ろす先生

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娘の作った雪だるまに寄り添って♪

家族旅行2010(6) - 2010.03.28 Sun

22日の朝起きると、外にはうっすら雪が積もっていました。
旅行前の問い合わせで、スタッドレスタイヤかチェーンは必ず必要だと聞いていました。うちにはなかったので、わざわざ購入して、出発の前日、次男を除く4人がかりで着脱の練習をしてありました。
いよいよ出番か?と思いましたが、結局道には全く雪がなかったので装着しないでも大丈夫でした。

チェックアウトすると、まずは最寄りの六日町駅に向かいました。
この日一足先に帰る長男を送っていくためです。
結局家族5人が揃ったのは、たったの一泊。
子どもが大きくなると全員揃っての行動が年々難しくなります。

そして、次に向かったのが、八海山スキー場。
長女と次男はここで3時間スノーボードをします。
私たちもウェアやボードのレンタルには付き添いましたが、後は彼らに任せ、山を下りました。
その3時間の間に私たちが観光したのは、『雲洞庵』というお寺です。
名前を聞いてすぐに分かった方は、天地人を見ていましたね?
上杉景勝と直江兼続が幼いころ学んだお寺です。
ドラマでは、5歳の与六(兼続の幼名)が、喜平次(景勝の幼名)の母のたっての望みで喜平次の小姓となって、本人の意に反して雲洞庵に来ることになり、その時言った言葉が「わしはこんなとこ、来とうはなかった」だったのです。

雲洞庵自体は、兼続よりもずっと古い時代、1300年以上の歴史のあるお寺です。大河ドラマを見るまで知らなかったのが不思議なほど、由緒あるお寺です。宝物殿には、景勝や兼続の書いた古文書とか、謙信の頭巾などが展示されていました。

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赤門

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赤門前のスネイプ先生
「我輩はこんなとこ、来とうはなかった!」

えへへ。これを言わせたくてお連れしました。
というか、本当はお連れするのを忘れてしまったのですが、後から来る娘が「忘れ物あったら持ってくよ」と言ってくれたので頼んでおいたのです。かなり無理矢理お越しいただきました(汗)

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参道
石畳の一つ一つに法華経が一文字ずつ刻まれているのだそうです。

雪かきはしてありましたが、ところどころ残っていて、うっかりすると滑りそうでした。が、出発前に雪でも滑りにくい、という靴を購入してあったので、全く滑りませんでした。


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本堂とスネイプ先生

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座禅堂前のスネイプ先生

座禅とスネイプ先生って、案外似合うと思います。

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長い廊下とスネイプ先生
あれ?なんかホグワーツ(グロスター大聖堂回廊)に似てる?

お寺の敷地を流れる水があまりにもきれいだったので思わず撮影。
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雪解け水

家族旅行2010(5) - 2010.03.27 Sat

隧道を出てから、少し山古志村付近をドライブしました。
旅行前に観光課に問い合わせた当時、1mくらいの積雪があると言われていました。この時は雨でしたが、結構雪は残っていて、有名な棚田もよくわかりません。
多分、これだろう、というものを撮影しました。

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まだかなり残っている雪

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棚田?

さて、この日泊まったのは、六日町温泉(南魚沼市)にある、源泉かけ流しの宿でした。
六日町と言えば、去年の大河ドラマの主人公直江兼続の生誕の地。
だから街全体が、去年の大河ドラマ色を残していました。
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はためく『天地人』の幟

もちろん、旅館も。
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ロビーに飾られた、愛の鎧兜

他にも直江状の書き写しとか、「わしはこんなとこ、来とうはなかった」と言って一躍有名になった子役の写真が飾ってあったりしました。

私たちが夕飯にいただいたのも、戦国御前
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戦国御前(その1)
写真右下の赤い杯には、食前酒の濁り酒が目の前で注がれました。

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戦国御前(その2:食べかけ

ご飯はもちろん、魚沼産コシヒカリ。
途中、ご飯とは別に『お凌ぎ』として焼きおにぎりにお湯だったかダシだったか(うろ覚え)をかけたものが出され、それを崩してお茶漬けのようにして食べた物も美味しかっです。
その後に出されたご飯も、余すところなくしっかりいただきました。

地酒は三種類あったので、飲み比べることにしました。
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左から鶴齢(かくれい)、八海山、高千代

お銚子に入っていますが、冷酒です。
識別できるよう、わざわざ名札をつけてくれました。
しかし、私たちには、目隠しして識別できるほどの能力はありませんでした。私にわかったのは、八海山とそれ以外、ということだけ(汗)。私の好みは八海山で、夫は八海山以外、とここでも好みが分かれました。

お風呂はやっぱり気持ちよかったです。
毎分2000リットル以上湧出しているという源泉のかけ流し、加温加水せず循環ろ過もしていないため、毎日必ず一度お湯を抜いて掃除している、ということで、清潔感もありました。
特に露天風呂が気持ちよくて、ついつい長湯してしまいます。
夕方雨から雪に変わり、私たちの頭にもフケのようにつきました(たとえが汚いなあ
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駐車場の一角にあった足湯

あと、アメニティーで変わっていたのが、足袋靴下が全員分用意されていたことです。
さっそく使ったのですが、とってもはき心地が良くて気に入りました。
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フリーサイズの足袋型くつ下


家族旅行2010(4) - 2010.03.26 Fri

中山隧道の出入口には、照明のスイッチがあって、入る時に自分でスイッチを入れ、反対側に行ったら消すようになっていました。
が、夫の趣味から、電気はつけません。
代わりに、懐中電灯とヘッドランプを用意して歩きます。
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ヘッドランプ

入口近くに横穴があって、トロッコが展示してありました。
当時はこれに土や岩などを入れて運び出したのでしょうか。
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トロッコ

夫は、トンネルの壁に残ったツルハシの跡に感動しています。
そこはとても重要なポイントらしいです。
しかし、フラッシュを使用して撮影するとどうしてもその微妙な陰影が写らないのです。残念~
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分かりづらいけれど、壁に残された細かいツルハシの跡

手掘りですから、道はまっすぐではありません。
そこがまた趣があるのだそうですが、それはなんとなくわかる気がします。
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曲がった道

天井に、コウモリがぶらさがって冬眠していました。
フラッシュを焚いたら驚かせるかと心配しましたが、びくともしませんでした。
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天井からぶらさがるコウモリ

翼で頭をきっちり覆った姿は、何かの包みのようにも見えます。
たびたびスネイプ先生もコウモリにたとえられてきましたが、飛んでいる時より、こうして黒い膜でぴっちり外界と遮断されている姿のほうがよほどスネイプ先生に似ていると思いました。

反対側の出口が明るく見えると思ったら、雪でふさがれていました!
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雪の塊!

どっちみち、車を停めてある反対側に戻らなければならないのですが。
帰路は、ヘッドランプを使わず、中の照明をつけて行くことにしました。
結局、あまりに照明の間隔がまばらで、やはりところどころ手持ちの灯りを必要としましたが、古めかしい照明の暖かい色に照らし出された空間はとても幻想的で気に入りました。

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幻想的な空間

隧道に入ってから、夫は何度も「何か感じないか?」と聞いてきました。
霊的な何か、ではなく、空間の持つ圧迫感のようなものらしいのですが、私は全然……(汗)
夫は、ものすごい圧迫感、重圧感、恐怖を感じるらしいです。
そこが惹かれる理由らしいけれど、正直私にはわかりませんでした。
途中鼻歌を歌って注意を受けた娘も、きっとわからないクチでしょう。
ともあれ、キングオブ隧道を見学できたことは良かったです。

家族旅行2010(3) - 2010.03.25 Thu

最初の晩は、夜中に何度か風や雨の音で目が覚めました。
朝起て部屋から外を見ると、今度こそ『日本海の荒波』が見えました。
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荒れる日本海

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風に流されるカモメ

宿をチェックアウト後、外に出たら、車が今まで見たこともないような色に変色していました。
宿を出る前に、「黄砂が飛んで、車が汚れてます」という情報をもらっていたのに、そのあまりの変貌ぶりに家族一同声を失いました。
桜色のセブが黄土色になってる~
ああ、いつもの黄砂はかなり日本海側に落とされていた結果だったんだな、と話しました。(でも、日本全国どこも結構降ったみたいですね、ニュースによれば)


さて、出雲崎を発った私たちが向かったのは、新幹線の浦佐駅でした。
一日遅れで合流する娘を拾うためにです。
大荒れの天気で心配しましたが、予定通り到着しました。
娘を乗せて、お昼を軽くコンビニで調達し(この晩も豪勢な夕食の予定)、次の目的地を目指しました。

この日の観光のメインは中山隧道です。夫が以前から『キングオブ隧道』と呼ぶ隧道の中の隧道を、家族揃って見に行くのです。
中山隧道は、旧山古志村(現長岡市)と旧広神村(現魚沼市)を結ぶ手掘りの隧道で、夫は2004年の新潟県中越地震のきっかり2週間前に訪れています。

雪の多い地域ということで、近付くにつれてだんだん雪も多くなってきました。前日は20度以上の暖かさだったのに、一変雪景色です。

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中山隧道入口
夫に言わせれば、この『木もどき』の囲いなぞない方が、よほど趣があるのだそうです(笑)

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入ってすぐの解説
ツルハシで何年も掘り続けたのですね。

家族旅行2010(2) - 2010.03.24 Wed

20日の日、目的の宿に着いたのは、16時頃でした。
建物は、大正時代初期の遊郭の名残があるらしく、古風な佇まいで趣がありました。屋内なのに土間の廊下があって面白い造りでした。
ご主人もおかみさんもとても温かい感じの人たちで、二階の三部屋全てを好きに使ってください、と言われてびっくりしました。
「太平洋のすぐ近くから来た」と告げると「日本海の荒波を見に来られたんですか?」と聞かれました。「お魚を食べに来ました」と正直に言ったら、嬉しそうでした。

それでも折角ですからみんなで日本海を見に行きました。
建物の裏側の出口前の道路を渡るとすぐそこは日本海です。
朝、家を出た時はかなり風が強くて海も荒れていたのですが、この日の出雲崎の海はずっと穏やかでした。
ひとしきり海の公園で波を眺めてから町をぶらぶら歩き、お土産を買って戻りました。

戻ると、1階の『茶の間』に薬草茶が用意されていました。
ご自由にどうぞ、と書いてあります。
家族は皆、飲まないというので一人で残り、「薬草茶いただきまーす」と声を出したら、ご主人が現れて、説明してくれたり新聞を持ってきてくれたりしました。つくづく温かい宿だと思いました。
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薬草茶

庭や畑のドクダミ、ヨモギ、スギナ、クマザサに、ハトムギとクロマメをブレンドして煎じたものらしいです。
お茶をポットから注いだ時は黒豆の煮汁のような色をしていましたが、写真を撮ろうとピントを合わせるうちに紅茶のような色に変わってきました。
十六茶をさらに香ばしくしたような味でおいしかったです。

夕日がきれいな宿、と銘打っていたので、日本海に沈む夕日を見るために、もう一度一人で宿の外に出ました。
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夕日を背にしたカモメたち

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だんだん光も弱くなってきた夕日
水平線に隠れる前に雲に隠れそう~

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一度雲に隠れてから再び姿を見せた夕日
さらに赤みを帯び、光が弱くなり、判別が難しくなった上、夕食の時間が迫っていたため宿に戻らなければならず、完全に姿を消す姿は見られませんでした。


さて、待ちに待った夕食は、期待通り魚尽くしでした。
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生魚、焼き魚、煮魚等々

後から続々運ばれてくるのですが食べるのに夢中で、撮影するのを忘れました。みんなほとんど無言でひたすらガツガツ食べてました。
地酒の冷酒も飲みました。美味しかった~
ご飯も美味しかったけれど、お腹がいっぱいで二杯目は無理でした。
それでも、骨以外は、何一つ残しませんでした(笑)

家族旅行2010(1) - 2010.03.23 Tue

旅行から帰ってきました。
3泊4日で、新潟と群馬に行ってきました。
以前書いたように、行っていないところが良い、歴史的に有名な場所に行きたい、美味しい物を食べたい、雪のあるところに行きたい、源泉かけ流しの宿が良い、などの希望を調整して決めた場所です。
新潟は私と長男の行っていない県だったし、去年の大河ドラマゆかりの地でもあるし、お米も魚も美味しいだろうし、雪も残っていそうだし、温泉もあるし、さらに夫一押しのトンネルもあるし、で候補地の筆頭に挙がりました。
我が家からはかなり遠いので、帰りは群馬の温泉でワンクッション置こうと考えたわけです。

初日は、ほとんど移動に費やされました。
携帯からの記事にもあるように、太平洋側から日本海側に抜ける日本横断の旅ですから。
しかも、渋滞50kmとの情報のあった関越自動車道を通らず、東名高速→一般道→中央道→長野道→上信越道→北陸道という遠回り!
約450kmの道のりでした。
一体どこへ行くのだろう?と思っていただければ、と考えて、携帯から投稿しました。

最初に泊まったのは、ネットでひたすら地魚のおいしい宿を探して見つけた場所で、元々その地を目指そうとしたわけではありませんでした。
が、これって歌の舞台じゃない?と車の中で気付き、ちょっと得した気分でした。
あまり演歌には詳しくないわが家族、「歌の舞台は、柿崎でも柏崎でもないよね?」という確認が必要でしたけど(笑)
行ってみたら、証拠がありました↓

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悲しみの日本海~

旅行中7 - 2010.03.20 Sat


車窓から見た日本海。
今朝の太平洋より穏やかです。
日本横断!

旅行中6 - 2010.03.20 Sat


パーキングエリアで遊び始める子どもたち。
目的の一つ、達成!
でもすごく暖かくて上着要らずなのがアンバランス。

旅行中5 - 2010.03.20 Sat


わーい、雪だー!

旅行中4 - 2010.03.20 Sat


お昼はサービスエリアで軽くざるそば。

旅行中3 - 2010.03.20 Sat


八ケ岳~

旅行中2 - 2010.03.20 Sat


富士山近い!

旅行中 - 2010.03.20 Sat


強風に白く波立つ太平洋。

急ぐ - 2010.03.18 Thu

今朝、出勤途中で一緒に信号待ちしていた人が、信号が変わるなり走って渡っていきました。よほど急いでいるのだろうな、と思いながらその背中を見ていたら、急に視界をマント姿の人が横切って、今度はそっちを見ながら横向きに歩いてしまいました(笑)
黒いインバネスコート姿の男性は、私の『割りばしスネイプ先生』を彷彿させました。
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こんな感じ

すると私の中で、急いでいた人とマント姿の人が合成されて、頭は「急ぐスネイプ先生」のイメージで一杯になりました。

急ぐスネイプ先生。
なんとなく私には、スネイプ先生はいつも落ち着いていたようなイメージ、大股で悠然と歩くイメージがあったのですが、歩きながら考えると急ぐスネイプ先生の姿をいくつか思い起こすことができました。
そこで、軽く探してみました。(日本語訳なので原文が『急ぐ』かどうか未確認)

・1巻のハロウィーンの日、トロールが侵入したと聞いて四階に向かう時
・1巻で、クィレルと禁じられた森で会うために、城の階段を降りる時
・3巻で、ハリーが忍びの地図を使ってホグズミードに行き、ドラコに首だけの姿を見られて戻ってきたところに近づく時
・4巻、階段の上からピーブズが玉子を落としたとフィルチから聞いて階段を上る時(実際はハリーが玉子を落とした)
・4巻、ダンブルドアの命令でウィンキーを連れて戻ってきた時
(6巻まで目を通して力尽きました)

走る、という表現なら、3巻で忍びの地図に示されたルーピンの動きを追って暴れ柳に向かう時。
6巻でドラコがセクタム・センプラに傷ついた時はトイレに飛び込んできたし、ダンブルドア殺害後、ホグワーツを去る時なども実質急いでいたと思います。

『急ぐ』に惹かれたのは、ただ行動を早くする、ということだけでなく、そこに心の焦りのようなものを感じるからです。
スネイプ先生は、きびきび動くだけでも十分魅力的ですが、そこに焦りの色が見えるとさらに可愛いさがプラスされる感じ。

しっかりチェックしたわけではないので、確信を持って言えるわけではありませんが、上の例を見ると、スネイプ先生が急いでいる場面って、生徒のいない時が多い感じ。
ハリーは物陰や透明マントなどから隠れて見ているけれど、スネイプ先生はそれを知らないはずです。
生徒(特にハリー)の見ているところでは、なるべく焦りを見せないようにしていたのでしょうか。急いでいても大股でゆったり偉そうに歩くだけに止めていたとか。
ハリーには特に、心配していることなど悟られるわけにはいかなかったでしょうから、ハリーのために焦っているなどと思われないよう結構気を使っていたのかな。
そんなスネイプ先生を想像するとますます愛しくてたまりません

演奏に夢中 - 2010.03.17 Wed

昨年末の演奏会の様子を収めたDVDが出来てきました。
早速家族で上映会をしました。

学校の方で先に行われた上映会で見てきた娘は、「お母さんが間違えてニヤッとする場面があったよ」と言うのでその辺も気にしながら見ました。

テレビに映し出された自分の姿を見て驚きました。
かつてないほど老けて見えたからです。母そっくりでした。
前日同期の仲間と夜遅くまで飲んでいたから疲れていたのかと最初は思いました。
しかしそれにしても、その日撮ったどんな写真より老けて見えます。
私の推測ですが、演奏中は、楽器を弾くことと楽譜を追うこと、指揮者を見ることに集中するあまり、顔の筋肉まで気が回らないのではないかと思います。
元々学生時代も、口を軽く開けた状態で弾く自分の顔があまり好きじゃなかったのですが、今になるとお肌に張りがなくなって、口角が下がり、老けた印象を与えるのではないかと思います。実際はどうなのかわからないけれど。
他にも口を半開きとか、あんぐりあけて弾く人は結構多くいます。
演奏中は顔のことなど構ってられないです。
そういう目で見ると、娘が「ニヤッとした」という場面も、単に下がった口角を引き上げただけ、という風にも見えました。とにかく、娘の前ではそういうことにしておきました(笑)

さて、演奏中は気付かなかったことが他にもありました。
夫が「おい、○○(指揮者の名前:私たちの3年後輩)のやつ、めっちゃ捲ってるぞ」と声を上げました。
それは、私たちが弾いた最後の曲の最終楽章でのことでした。
指揮者は、譜面台に置かれた譜面を猛スピードでめくっています。
いくらなんでも早すぎないか?ということで戻して再生してみると、彼は途中で逆方向に捲っていました。あがっていたのでしょうか。そこで見失ったのでしょう、どこを振っているかわからなくって、探そうと一生懸命譜面を捲ったのだと思います。
そして、演奏は容赦なく進むために、きっと見失ったまま感覚で振ったのだと思います。
舞台の上では全然気づきませんでした。
思いがけず、大爆笑しながら鑑賞しました。

夢中で演奏していると、色々なことが起こるものだと思いました。


聞き覚えのある曲 - 2010.03.14 Sun

以前少し書いたかと思いますが、長女がお腹の中にいた頃、マンドリンの演奏会に出たことがあります。
舞台に立った時は7か月になっていました。
それなりにお腹も出ていたので、マンドリンをお腹で支えるのはなかなか大変だった覚えがあります。(座ってギターを弾く時と同じような姿勢です)

もう聴覚も出来ていたころだったので、娘はその時の音楽を聴いたはずでした。
だから私は、いつか娘にその時録音した音楽を聴かせて、聞き覚えがあるかどうか聞いてみようと思っていました。
が、そのテープを失くしてしまい、それは今まで実行できませんでした。

しかし、ついにその日はやってきました。
私が一番好きだった曲が、一番練習した曲が、今年の定期演奏会の曲に選ばれたというのです。
曲が決まった時点ではまだ娘は試聴していなかったので、その曲にまつわる上記のエピソードを話し、聞き覚えがあるかどうか確認しておくように伝えました。

その結果、娘の感想は「どこかで聞いたことがある。初めて聞いたとは思えなかった」でした。
やっぱり、胎児の時の記憶って残っているのでしょうか。
演奏会はちょうど20年前の3月のことでした。

ところで、20年前の舞台には、夫も一緒に立ちました。
ところが曲名を聞いても、夫は自分が演奏したことを覚えていないどころか、曲自体イメージできないのです。
娘が家でベースパートを弾いて初めて「なんだこの曲、聞いたことあるぞ!」と叫んでいました。
だから、弾いたことあるんだってば!
夫の記憶力を試す曲になるとは、思ってもいませんでした。

原書を再現 - 2010.03.13 Sat

昨日の英会話のレッスンに、私は「アズカバンの囚人」の原書を持って行きました。
原書と邦訳本とで、イメージの異なる場面があったので、それを確認しようと思ったのです。
そういう場面は全巻を通していくつかありますが、主観の入る隙がなく、ジェスチャーで示すことが可能で、私にとって大事な場面、というのが3巻にありました。
それは、叫びの屋敷でノックアウトされたスネイプ先生の姿勢についての描写です。その部分を読んで、実際どのような姿勢が想像されるか、ネイティブスピーカーに聞いてみたいと常々思っていました。

そこに『prone』という単語が使われていると知った時の驚きといったらありませんでした。そのことについては、当時、こちらに書きましたが、とにかく私のいる業界では、『prone』はうつ伏せ以外の何物でもないので、日本語訳「首うなだれて伸びている」のイメージとは全く異なると思ったのです。

さて、その部分を読んでもらい、その様子を再現してもらいました。
エクスペリアームス!で足元から吹き飛ばされ、壁に背中から激突し、壁をつたう形で滑り落ち、顎を上げて口を半開きにして意識を失くす姿を演じ、先生はさらに、額を垂れていく血まで表現してくれました。

それは、私が日本語訳を読んだ時と全く同じ姿勢でした。(出血部位だけはどこだか具体的にイメージできなかったのですが)
しかし、それではその数ページ後のproneはどうなるのか。

なんと!先生はproneの言葉の意味を知らないといいます。
先生がproneを使った例文を言ってくれるのですが、それは全てproneのもう一つの意味「~しがちな、~の傾向がある」の意味でした。
私は一生懸命、それは解剖学の用語でfacedownを表す、と言ったのですが、知らないのではどうしようもありません。
イギリス人でもわからないような専門用語ってことでしょうか。
確かに私たちが使う「腹臥位」という専門用語だって一般の人が聞いたら「フクガイって何?」となると思います。これもプローン=うつ伏せのことなんですが。
「新しい言葉を教えてもらった」と逆に言われてしまい、結局、その部分は未解決のままでした。

しかし、私はそのまま引き下がりません。
「それがうつ伏せだっとして、頭から血を流していて意識がないのに、ハリーやルーピンたちは長い時間放っておいたのです。それはどう思いますか?」と聞きました。
「それは酷い!とっても危険」、と表情豊かに答えてくれました。
ですよねー。その言葉を聞きたかったんです。

それから、同じページにあった単語などもジェスチャーを交えて教えてくれました。
例えば『oozing』とか。
oozingは、「髪の下から血がタラタラ流れてきた」の「タラタラ流れる」の部分に相当します。
先生は、火山の絵を書き、大爆発ではなく、火口から溶岩がせりあがるようにゆっくり流れ出てくる時などにこの表現を使う、と説明しました。
なるほど~。そう聞くと「血がだらーっと出てきた」という感じにイメージは微妙に変化しました。

反対語として上げられたのが、『spurting』スプリンクラーのように噴き出す感じだそうです。
だったら、『gush』だって反対語になるのでは?
と聞いたら、gushのイメージは、もっと大きな傷、首を切られて血が噴き出る感じだ、とより一層激しいジェスチャーをしました。
…………。
ああ。
なるほど、やっぱりね。
その場面で使われていましたもの(泣)
そうか、そうか。スネイプ先生、叫びの屋敷で対極の出血を体験したんだな、ということもよくわかりました(号泣)

 - 2010.03.12 Fri

二つ前の記事「宝くじ」と一つ前の「金の箒」を先にお読みください。


じゃんけんで金の箒の所有権を得た次男に、夫は言いました。
「おまえ、今年の運をこれで使ったんじゃないだろうな」

それを言うなら、宝くじ券が当たったことも同様ですけどね。

宝くじ、2億円は当たりませんでした(笑)
高額当選者になり損ねました。
でも、6等の300円だけでなく5等の3000円が当たりました!
1円も使わないで3300円手に入るなら上々です。
それに、今年の運を使ってしまったと心配をするほどの額ではなかったところも良かったです。(プラス思考

金の箒 - 2010.03.12 Fri

昨日は宝くじの他にも、見慣れないものが家にありました。
私が帰宅した時、次男はソファーに座って、何か長いものを手にしていました。
「それ何?」
「ゴールデンホウキ」

ゴールデンホウキ……金の箒ですね。
確かに柄が金色の自在箒です。
しかしなぜ、金の箒が家にあるのか、全然わかりません。
口数の少ない次男からやっと聞きだすと……

以前、次男のクラスの掃除がよくできていると評価されて、学校から「ゴールデンホウキ賞」なるものを授与されたのだそうです。
その時、ご褒美に1本の金の箒をもらい、教室に飾っておいたとか。
卒業を前に希望者を募ったので希望し、じゃんけんに勝ったために我が家にやってきた、という訳らしいです。


DSC02074--1.jpg
ゴールデン箒2010(勝手に命名)

散々中学生たちに触られたのか、金の柄がちょっと剥げ気味ですが、掃除用具としては未使用だったらしく、毛の部分は汚れていません。
せっかくなので、床を掃くのに使おうと思います。
そして、誰もいない時にこっそりまたがって、飛ぶ練習もしようっと。

宝くじ - 2010.03.11 Thu

宝くじが当たりました!
って書くと、誤解を招くな。日本語って難しい。
正確には、宝くじの券が当たりました!
つまり、抽選前の宝くじ、グリーンジャンボ宝くじ1組(10枚)が当たったのです。

普段、うちの家族は滅多に抽選で当たるプレゼントに応募をしません。
個人情報をやたらに知られたくない、という理由もありますが、一番は“応募する作業が面倒臭い”ことにあります。
今回は、契約しているプロバイダーでのプレゼント企画だったので、応募に必要な個人情報は元々全て知らせてあることもあった上メールを送るだけ、という手軽さも手伝って夫が申し込んでおいたのでした。
当選は発送をもってお知らせする、ということですっかり忘れていたのですが、昨日届いて大騒ぎ。
「『発送をもって』って本当に送るんだ!」と夫婦で感激します。
正直、「言ってるだけじゃない?」と勘ぐってました。

申し込んだと聞いた時、それが「券が当たる」ことと「番号が当選する」ことの二つの関門を通らなければならないと聞いて、笑ったものです。
とりあえず第一関門が突破できたことで、かなり自信を持った夫は未抽選の宝くじを手にして「やった!これで高額当選者だ!」と喜んでいます。あ、宝くじも数年に一度くらいしか買わないんです。

1等の1億5千万円と前後賞の5千万円合わせて2億円が当たったら
と夫婦でさっそく色々夢想しました。
通学に時間のかかる娘を下宿させてやれるな、いやいっそ大学付近のマンションを買ってはどうだろう?いやいや、都心のあのあたりはマンション買ったらそれだけで使い切ってしまう。息子たちも進学するからそっちにも取っておかなくては。海外旅行も行くよ!子供たちには一人当たり100万円ずつお小遣いをやろう!職場の仲間にジュースの1本でも贈ろうかな。それはせこすぎる、いっそ黙っていた方がいいよ。じゃあブログにも書かない方がいいね。等々(笑)

抽選前の今が一番楽しいのかも。
「まあとにかく、少なくとも300円当たるのは確実だ」というささやかで現実的な一言でハッピーな会話は締め括られました。
抽選は明日です。楽しみ~
(2億円当たっても黙っていますよ)

二番目 - 2010.03.10 Wed

今日はリーマス・ルーピンのお誕生日です。
おめでとうございます~
今日は、ルーピンファンの皆さんから盛大に祝われたことでしょう。
スネイプ先生のお誕生日会の時、ルーピン先生のお誕生日会に誘ってくださった方がいらして、「泊まりがけで一晩語り明かす」という案に、「それはさすがに私には無理」と遠慮させていただきました(笑)

今でこそ二番目に好きなキャラクターですが、スネイプ先生に夢中になる前はルーピン先生が一番でした。
ハリー視点で読んでいたから、3巻でハリーを温かく包みこむような大人の登場に、ホッとしたものです。
だから、学校を去っていく時の喪失感もかなり大きく、スネイプ先生を恨めしく思ったりしたこともあったっけ。(今は断固として、スネイプ先生こそが正しいと思ってます!)

あのまま路線を変更しなかったら、私は7巻をどう受け止めたのだろうか、と考えてみました。
7巻のルーピンは、3巻での私のイメージとはちょっと違いました。
思ったより短絡的で、感情の起伏が激しくて、ちょっとあっけにとられましたが、より人間臭さが増して、別な魅力も感じました。
きっと路線変更しなかった場合も、前向きに受け止め、受け入れたことでしょう。
ああ。だけど、あの大広間で横たわる姿のあっさりした描写は受け入れられなかっただろうなあ。
「何の仕打ち?」と怒ったに違いありません。
その事実より、そのあっさり描写に「愛が足りない」と感じるからです。
そういえば、6巻でのルーピンの地下活動も7巻で詳細が明かされると思ったけれど、たいしたフォローって無かったのでは?
スネイプ先生は7巻33章でかなり手厚くフォローされたけれど……。

作者の愛の偏りを指摘して憤慨しつつ、物語の中では本人は幸せそうだったから、その点で自分の気持ちに折り合いをつけようとしただろうなあと想像しています。

一番と二番の差が激しすぎてこの程度の想像しかできなくて、ルーピン先生ごめんなさい
あれあれ?愛が足りないのは作者じゃなくて私でしたね

初鳴き - 2010.03.10 Wed

昨日の朝6時10分頃、お弁当を作っていた台所でウグイスの声をはっきり聞きました。
1週間ほど前から二度ほど「ウグイスかな?」と思わせるような声を聞いていたのですが、「ケキョ」と聞こえたのが鳴き声なのか何かの軋む音なのか確認できなくて、きっちり聞きとったは今年は昨日、3/9でした。
午後から雪が降るほど寒い日でしたが。

昨日書こうと思いながら、メタボスネイプ先生に気を取られ、すっかり忘れていました(汗)

体型 - 2010.03.09 Tue

今朝の通勤電車内でのことです。
ふと気付いたら、立っている私の目の前に大きなお腹がありました。
妊婦さんではなく、メタボな男性がドア横の壁に凭れていました。
携帯用のゲーム機を熱心に操作しています。
そのお腹から頭の方に視線を移して、私は(う!)と思いました。
髪が、私のイメージするスネイプ先生っぽかったからです。
年齢も思ったより若そうで、30代くらいでした。

真剣に考え込んでしまいました。
もし、スネイプ先生の描写が、「ねっとりした黒髪、鉤鼻、土気色の顔をし、お腹がでっぷり出ている先生」だったら、私は今と同じようにスネイプ先生を愛することができただろうか?そもそも恋に落ちただろうか?と。
考えながら、一体何の試練だろう?と思いました(笑)

元々私は、ローリングさんは読者に嫌悪感を持たせることを目的として、スネイプ先生の容姿を強調したと思っています。(2005年にもそう書いていました
「脂ぎった髪」などは、その最たるものだと思います。
だから、別に容姿など私はどうでも良かったはずです。
「黄色い不揃いな歯」だって乗り越えられたのですから。
それに現実の世界では、お腹の出ている男性だって全然問題じゃないんです。
けれど、それがスネイプ先生だったら、ちょっと考え込んでしまいます。

お腹が出ていると、人格が変わってくるような気がするんです。
ギリギリ生きていける程度の食事しかしていないのでは?と思わせる姿、禁欲的な姿に惚れたのも事実なのです。(実は大食漢なのに太れない体質、という可能性もあるけれど。)
7巻を読む前から大きな苦しみを持っている人ではないかと思わせたのは、言動だけでなく顔色の悪さや痩身の体型の影響もありました。
スラグホーンのように豊かな体型で砂糖漬けのパイナップルなど食べたいものを食べている描写があったら、こんなにも好きにはならなかったと思うのです。
体型に問題があるのではなく、苦悩を表現するのにふさわしくないような容姿が受け入れられない感じ。それが一般的にはむしろ好まれるような描写であっても。
例えば「笑うと白い歯が見える」というような爽やかなものとか、「優しく微笑む」なども、スネイプ先生の描写としてきっと私は許容できない、ということで結論が出ました。

でも、映画のスネイプ先生のお腹は許せるな。
映像として出っ張ったお腹が視覚に訴えてきても、頭の中ではそうは認めていないのかもしれません(笑)

ホールケーキ - 2010.03.08 Mon

今日は長男の誕生日でした。
いつものように、お寿司でお祝いしました。
その後、ケーキにろうそくを立ててバースデーソングを歌って火を吹き消す、というのが恒例行事です。

いつもと違ったのは、ホールケーキが2種類あったこと。
うちで用意したアイスクリームケーキ(直径16cm)の他に、彼女が作ったチョコレートムースのケーキ(直径18cm)がありました。(家族みんなで食べてね、という心遣いが嬉しいです)
今日は相変わらず娘が不在の4人家族だったので、一人当たりの量はいつもの倍以上、さすがに全部いっぺんに食べるのは無理です。
それぞれ半分ずつを4等分して食べました。
ケーキバイキングみたい、とか言いながら。
元々うちで用意したケーキだって半分を4等分するつもりだったので、予定の倍食べたことになります。
お腹がいっぱいすぎて、というか気分が悪くなって(汗)、今日はもうブログも書けないかと思いました。(それでも書くところが中毒)

休日らしい - 2010.03.07 Sun

昨日は夫と夕方から外出、帰宅したのは日付が変わってからでした。
関東近県に住むかつての仲間と会って飲んでました。
一人が遠くに転勤することが決まったからです。
と言っても、私たちが再び会うようになってからまだ半年くらいしか経っておらず、それまでは10年以上も顔を合わせることもなく過ごしていたのですが。

一次会の会場は予約してありましたが、二次会の方は押さえてなくて、いくつか候補の店のクーポン券をプリントアウトしておきました。でも、結局行ったのは、何年か前にオフ会に使った監獄居酒屋でした。一次会の会場の隣のビルだったので、私が推したのです。
みんな、別にどこでも~と言ったくせに、中に入ってみるとちょっと引いてた感じ(笑)
え?こういう趣味?って。
うん。そういう趣味(笑)
入口に立っていた男の子の黒いローブ姿が大変良かったです
あれこそ、私の思うところのローブなんだけど。
鎖骨が見えて二重丸。

4年前に行った時は試験管に入ったいくつかの飲み物を自分で調合する「人体実験」を飲みましたが、今回はメデューサの瞳でした。
S0175.jpg
人体実験(2007年撮影)

DSC02031a.jpg
メデューサの瞳

メデューサの瞳というよりは、目玉おやじ?という感じ。
一緒に飲んだ仲間たちはみな、学生時代試験管やビーカーを操ることを日常としていただけに、懐かしさもひとしおでした。


昨晩遅かったせいもあり、今日は何時まで寝られるか試してみるには絶好の休日でした。
で、試してみました。
トイレに起きるなどして互いの睡眠を妨げないように、私は現在合宿中で不在の娘の部屋で寝ました。
夜中の1時半に床について、起きたのが11時。
9時間半も眠れました~~
時間を無駄にしてしまったような、一日だるいような感覚もなくはなかったのですが、満足です。

選曲(追記あり) - 2010.03.06 Sat

息子の卒業式に出ました。
人数が多いので、卒業証書は流れるように授与されていきました。
その間流れたBGMは、私の時代の卒業ソングもあるにはありましたが、今時の卒業ソングがメインでした。

なのに……。
息子のクラスでは突然聞き覚えのある曲が!
映画ハリポタシリーズの有名なあの曲「ヘドウィグのテーマ」でした。
保護者席からざわめきが起こりました。
「なんでこの曲?」
「ちょっと不気味」
という声も聞こえましたが、魔法学校の卒業式みたいでいいじゃない?
残念ながら息子が受け取る頃には曲も変わってしまいましたけどね。

(3/7追記)
息子に聞いたところ、選曲はクラスごとにしたそうです。
でも、ハリー・ポッターは入っていなかったので、クラスメートたちの間でも「何で?」とざわめきが起こったとか。
ますます魔法っぽいです。

入学準備 - 2010.03.05 Fri

何日か前がお誕生日だったという英会話の先生に、今日、スネイプ先生切手をプレゼントしました。
何の説明もなく、私の人形の写真だとわかってくれて、「使わずに記念に取っておく、Severus Snapeを」と言いました。
イギリス人の口から聞く「Severus Snape」の音が美しくて、思わずうっとりしてしまいました。


それはさておき。
先日、果穂さんのブログに『お名前付け』をするセブルスの話が出ていて、色々触発されました。
果穂さんは、署名したのは『上級魔法薬学』の本だけではなかったのではないか、ということで、他の本にもHalf-Blood Princeと名前を書いている可愛いセブルスを想像されていました。
私も想像するうちにどんどん別な方向に行きました。


上級魔法薬学の本が登場するのは、6年生になってからです。
教科書は毎年学校から指定されるものなので、母親の本で元から家にあったとはいえ、Half-Blood Princeと書いたのは6年生を迎える時期だったのではないかと思われます。
5年生や4年生の教科書にもそう書いたのでしょうか。
いつからその署名をするようになったかわかりませんが、少なくとも入学時はまだ、その名は使っていなかったと思います。
入学時に揃えた学用品には、きっとSeverus Snapeと書かれていたことでしょう。
それを書いたのは母親のアイリーンでしょうか。
11歳は、微妙ですね。
ちなみに私はその年齢では確実に自分で名前を書いていました。

ホグワーツからの入学時の案内の手紙に、衣類には全て名前をつけておくこと、と書かれていました。
「持ち物には全て」ではなく、「衣類にはすべて」というところが特徴的だと思いました。
そういえば、洗濯物置き場というものが存在するのですよね、ホグワーツには(2巻12章p.320参照)。
誰のかわからなくなってしまわないよう、特に衣類への名前付けは必要だったのだと思われます。
ということは、もちろん彼の衣類にも名前はついていたはず。
Severus Snapeと名前の入ったローブやマントって、すごく可愛い!

アイリーンが名前を書かなかったとしても、教科書類がすべてアイリーンのお下がりだったとしても、ローブやマントがリドルと同様古着だったとしても、それでも古着なり杖なりはアイリーンと一緒にダイアゴン横町に買いに行ったと思うんです。
リドルのように一人で行ったのではなく。さすがにトビアスまでも一緒に行ったとは思えないけれど。

魔法も何も好きではないというトビアスから離れ、お母さんと二人で買い物に出かけたセブルスは、杖やローブを手に入れて、それはそれは嬉しかったことでしょう。
魔法薬の材料を買いに行って、そこに並ぶ品々に目を輝かせたかもしれません。
入学への期待で目を輝かせ、あれもこれも見たいとキョロキョロしているセブルスが愛しいです。
できることなら、この日なんとかお金を節約して、お母さんと一緒にアイスクリームでも食べていたらいいなあ。

雛祭り - 2010.03.03 Wed

今日は雛祭りです。
今年もまた人形を飾るのが遅れ、それでも2月中には飾れたので、まあ例年通りといったところ。
「人形を飾るのは二十歳までだっけ?今年が最後?」と人形を買った時についてきたしおりを見たら、『お嫁に行ったら役目を終える。役目を終えた人形は人形供養に出す』と書いてありました。
なるほどねぇ。まだしばらくは飾るようです。

今日は、頑張ってシイタケやらかんぴょうやらの具材を別々に煮て、錦糸卵も焼いて、五目寿司を作り、蛤のお吸い物も作りました。そして食後は、人形にお供えしてあった桜餅を食べました。

が、肝心の娘が不在でした。
研修で他県に行っているのです。
他の家族4人で食卓を囲んでお祝いした時、長男が「今日はおなごがおらんのう」と言いました。
「私がおなごだよ」と憤慨する私。
まあ、息子は女のが不在だと言いたかったのでしょうけど。
(先日の90歳の男性から見たら、私も女の子かも)
そして、私のお雛様もとっくに役目を終えているのですけど。
それでも実家では供養に出されることもなく、今年も飾られました。

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