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2011-03

笑顔2 - 2011.03.31 Thu

昨日の記事をUPしてから、もしかしたら物語中には、一見そうとわからない心からの笑顔もあったのじゃないか、と思って探してみました。
ハリーに対してはどんなことがあっても嘲笑や冷笑以外は見せなかったと私は思っているのですが、ハリー以外にはプラスの感情のこもった微笑みを見せていたかもしれず、それをハリーの目を通して語られたために読者にも意地悪な笑いにしか見えなかった所ってあるんじゃないかと思ったのです。

そんなにきっちり探したわけではありませんが、1巻から3巻までざっと目を通して、「これは!」と思う場所を二つ見つけました。

一つは、2巻でダンブルドアが理事達に退陣を求められ学校を去った後の場面。
「先生」マルフォイが大声で呼び止めた。「先生が校長職を志願なさってはいかがですか?」
「これこれマルフォイ」スネイプは、薄い唇がほころぶのを押さえきれなかった。(2巻15章p.396)

ここは、あたかも校長職を狙っているかのような描写でしたが、実際はとてもダンブルドアに忠実で敬愛していたと思うので、「校長職」の言葉に喜んだのではなく、それを望むドラコの気持ちが嬉しかったからではないかと思いました。
さらに、「父に、スネイプ先生がこの学校で最高の先生だと言いますから……」(同)
も純粋にそう言ってもらえることが嬉しくて微笑んだのを、ハリーは「薄笑い」と見たのではないかと思います。


もう一つは、3巻のクィディッチ優勝戦が始まる前の場面、スリザリンのゴールポストの後ろに緑のローブを着た観衆が200人集まって応援しているところです。
スネイプ先生は一番前列に陣取り、みんなと同じ緑をまとい、暗い笑みを漂わせていた。(3巻15章p.396)

暗い笑み(a very grim smile)というのは、あくまでハリー視点、本当は一体感を喜ぶ微笑みだったり、高揚した気持ちのこもった微笑みだったかもしれません。何しろスネイプ先生が黒以外の服(寝巻きや子ども時代・制服を除く)を着たのは、全巻を通してこの時だけ。単なるハリーへのあてつけではなく、特別な気持ちだったとしか思えません。
スリザリン寮を心から愛していたからこその笑みだと思っています。
そうであって欲しいです。


余談ですが、書きだしてみて、どちらも偶然15章の396ページだったことにちょっと驚いています。(他の巻の396ページには笑顔どころかほとんどスネイプ先生の姿はありませんでした)

笑顔 - 2011.03.30 Wed

今回の地震と津波の災害に対して、多くの著名な人や一般人が応援のメッセージを多数寄せているのを見ると、私も何かメッセージを発信したいと思うのですが、なかなか思うような言葉が出てきません。
せめて、このブログを読んだ人が少しでも温かい気持ちになれるようなことを書きたいと思っていて、それは何だろう?と真剣に考えてみました。
ここにいらっしゃる方の多くはスネイプ先生を愛する方なので、やっぱりスネイプ先生関係で、温かい気持ちになれるもの……。
と考えていて思いついたのが、スネイプ先生の笑顔の場面を思い出すこと、でした。

実際は、心からの笑顔の描写って、子ども時代しかないのですけれど。
リリーに「セブルス?」と呼びかけられた時、唇が微かな笑いで歪む程度の、本当にささやかな笑顔でしたが、その描写を目にした時、どんなに心が温まったことでしょう。
家の様子を聞かれ、眉間に小さな皺を寄せたセブルスは、皺の小ささからは思いもよらないほどの苦しみを持っていたと思うのですが、それでも名前を呼ばれた時に、その小さな皺を消すような喜びが心に広がったのだろうと思うと、本当に嬉しくなります。

残念ながら、セブルスの笑顔はこの時以外は描かれませんでしたが、本当はもっとたくさんあったと思います。
絶対あったと確信できるのが、ホグワーツからの入学案内の手紙が来た時と、リリーもホグワーツに入学するとわかった時です。
確信はできないけれど、リリーは友達として割と無邪気に接していたと思うので、悪戯をして逃げる時などに手を繋いだことだってあって、そんな時に笑っていたかもしれません。
先生になってからだってきっと笑顔もあったはず。
ハリーには決して見せることはなかったけれど、スリザリン生の前では見せたこともあったのではないでしょうか。
「あの子はきみを好いておる」とダンブルドアに言われ「そうでもありません。父親が寵愛を失ってからは」と言うくらいですから、それ以前のドラコに好かれていたことは認めているも同然です。
自分に対し、ストレートな愛情表現をしてくる子どもに、笑顔にならないでいられるでしょうか?
「スネイプ先生♪」と慕ってくる生徒には、きっと相変わらずの不器用さで、唇を微かに歪ませていたのだと思っています。

他にはどんな場面で笑顔を見せるか、皆さんも想像してみてくださいね。

オーラ - 2011.03.29 Tue

出勤時、よく駅前で会うT先輩が背後から「おはようございます」と声をかけてきたので振り向きました。
すると、「いつものオーラが出てなかったから別人かもと思って声をかけるのためらっちゃった。どうしたんですか?」と言われました。
「え?そうですか?いつもと変わりませんよ」と答えましたが、本当は違います。いつもはたいていスネイプ先生のことを考えながら歩いているけれど、その時は原発の風評被害のことを考えていたんです。

しかし、スネイプ先生のことを考えている時、他人にもわかるほどのオーラを発し、スネイプ先生のことを考えていない時、別人と思われるほどだったとは!

元歌 - 2011.03.28 Mon

調べ物をしていて、ある歌を聞きました。
その歌自体、聞くのは初めてでしたが、なんとなく馴染みのある曲だと思いました。
それは、ある歌に似ていたからです。

もともとその歌を聞こうとしたのは、いくつものマンドリン音楽を作った大好きな作曲家(故人)について調べていたら、少ないながら歌謡曲も作曲し、しかもその曲は歌詞まで別のペンネームで書いていた、ということがわかったからです。
とても古い曲でしたが、you tubeにはちゃんとありました。
「タバコやの娘」という曲です。こちらで聞けます。
1937年(昭和12年)7月に発売された歌でした。

その作曲家の名前は鈴木/静一さん(わかる方はいないと思いますが)といい、私と夫と娘にとっては、超有名人です。
学生時代は毎年定期演奏会で必ず一曲はこの方の曲を演奏し、一昨年の12月の記念公演の時に娘と夫と三人で弾いた曲の中にも一つありました。
早速その動画を娘や夫に聞かせて、「誰が作詞・作曲か?」と聞きました。
全く正解は出てこず、正解を教えると、2人とも激しく驚きました。
私たちが知っているその作曲家の曲は、みな重々しく壮大な感じ、例えるなら、戦国時代の武将が主人公の大河ドラマのテーマ曲、みたいな曲ばかりだったからです。
夫など、「なんだ、この曲『たんたんたぬきの~』じゃないか!」と歌い始めて収拾がつきません。
しかし、本当にそっくりです。でも、私はきっとパロディーとして面白おかしくするために、そのメロディーを取り込んだのだと解釈していました。

よく調べたら、この曲は讃美歌の一部を元々流用して作られたもので、さらにこの「タバコやの娘」が元歌となって「たんたんたぬき」の替え歌も作られたとか。
ビックカメラのコマーシャルの曲も、この曲が元らしいです。
こっちが元歌だったとは!!
そうか~、今まで全然知らずに、(子ども時代に)口ずさんでいたけれど、昔から知ってたんだ、この人の曲。
と思ったら、その作曲家にますます親しみが湧きました。

更新手続き - 2011.03.27 Sun

運転免許の更新手続きをしました。
早いもので、私が初めて運転免許証を手にしてから3年近く経ちました。
5月18日までの期限だったし「こんな非常時に」との思いもあって、先延ばししようかとも考えましたが、思いがけない怪我や病気をした患者さんたちから「手続きに行けなくなった」と聞くことがあったので、行ける時に行っておこうと思いました。もっとも、病気などやむを得ない事情の場合は、猶予期間があるようですが、病み上がりに手続きにいくのも辛いと思います。

初回更新なので、2時間の講習がありました。
市内の警察署でも手続きできますが、申し込みの手続きと講習とは別の日になるとのこと。県の運転免許試験場まで行けば即日交付だということで、そちらを選びました。
電車を乗り継いで行きました。
即日交付だからとその会場を選んだのに、計画停電の影響で、日によっては講習が受けられない場合もあったとか。
私は大丈夫でしたが、下調べもしないで出かけていって結局もう1回足を運ぶことになったのでは、遠くを選んだ意味が無くなるところでした。

家族を交通事故で失った人の生の声が入っているビデオを見て、凶器を走らせている怖さを再度実感します。実のところ、ビデオを見なくても、乗るたびにそう思っているのですが。
新しい法律についても学びました。
知らなかったのが高齢者のマークが変わっていたこと!
koureimark.jpg
四葉のクローバーをモチーフに、シルバーのSをあしらったデザインだそうです。2011年2月1日(つい最近!)に施行されたとか。
知ってから見たら、そんなマークをつけている車もありました。

安全運転の自己診断というものもしました。
「他人の運転に腹を立てることが多い」とか「眠気を感じてヒヤリとすることがある」などほとんどの項目が「いいえ」でしたが、「どちらかと言えば運転に自信がないほうだ」「合流のとき進もうか止まろうか迷うことが多い」など4つが「はい」で、判定結果は「運転への自信が足りず、判断に迷いが生じがちであることがうかがえます」でした。
診断結果を見なくてもわかっていました。
「判断に迷ったら相手に譲る」「その意思を相手にはっきり伝えましょう」ということでしたが、これもやっています。譲ってばっかり(汗)

帰り際、献血の募集があったので、これはいい!と飛びつきました。
義援金は送ったけれどもっと何か被災した人に役立つことをしたかったし、被災地には届かなくても結局誰かの役に立てるし。
しかし、勇んで入っていったのに、体重測定ではねられました。
以前も同じ体験をしていましたが、最近体重は増加傾向にあったから絶対基準を満たしていると思ったのです。少なくとも、健康診断の時の体重なら余裕でした。それに、400mlに限定されるとは限らないし。
結局限定されていたわけですが。
身長が低い人も一律同じ体重で線引きするのもどうかと思います。
だってちっとも痩せてないのに……。
仕事中歩くことや自転車で移動することが増えたことは、ダイエットには役立ったのでしょうけれど。

出来上がった免許証の写真は、またしても私を打ちのめしました。
前回は、なんだか顔色が良くなく、「土気色」と言われるならともかく、家族からは「ナメック星人」と呼ばれる始末。
今回は血色良すぎるくらい、ピチピチとした顔で撮れていましたが、襟がだらしなく開いています!
次の更新まで絶対人目につかないよう、顔写真付きの身分証明書が必要な時には、パスポートを使おうと決意しました。
それから、今まで免許証の黄緑色だったラインが青に変わりました。
今まで無事故無違反だったので、これからもこの調子で安全運転を心掛け、次回のゴールドを目指そうと思います。

続・サボテン - 2011.03.26 Sat

タイトルに「続」がついていますが、前回サボテンについて書いたのは、5年4ヶ月も前のことです。(前回の記事はこちら
職場の先輩の結婚式の二次会でいただいたサボテンの話です。
20051120232415.jpg
貰った当日のサボテン

先日、この先輩に、久し振りに会いました。
先輩はこの記事から1年余り後、今から4年前に職場を去りました。
会った際、「二次会でいただいたサボテン、元気ですよ~」と話したら、とても喜ばれました。先輩自身、余ったサボテンを二つ持ち帰ったそうですが、かなり前に枯らしてしまったのだそうです。
他の先輩たちやTちゃんなども、枯らしてしまったと言います。
「さすが二尋さん」と感心され、「違う違う」と慌てて訂正しました。
聞けば、他の人の枯らした原因が「水を頻繁にあげてたら根腐れした」とか、「陽に当てようとして外に出したら、台風が来て落として割れた」とか、むしろサボテンにとっては過干渉だったからのようなのです。
うちでは、外にも出さず、出窓に置きっぱなし、ただ朝夕雨戸を開け閉めする時に時々声をかけ、1ヶ月か2ヶ月に1回の頻度で思いだしたように水をやる程度でした。
手入れが行き届いているからではなく、放置しているから枯れなかったのではないかと思います。
それにしてもまさか、唯一生き残っていたとは。

声をかけるのは、サボテンに名前をつけたからです。
子音はそのまま母音だけ入れ替えて「セブタン」と名付けました。
その、ちょっと気恥ずかしい名を、今でも時々呼んでいます♪
そうか、セブタンは放置がお好みだったのね(笑)

当時、記事にいただいたコメントに「鉤花」でも咲くかしら?というような答えをしましたが、今まで一度も花は咲いたことがありません。
いいんです、花など咲かせなくても、生きてさえいてくれれば!

今のセブタンの姿も残しておきましょう。
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2011年3月26日のセブタン

少し背が高くなって、そして若干色が薄くなったような気も…?
ええ、暗がりで育った植物ですから!

品薄 - 2011.03.23 Wed

被災していない地域でも品薄状態が続いているということですね。
地震翌日、まだ帰宅できなかった夫に代わり、義母の様子を見に行きました。
長男の運転する車で、次男と3人で行きました。

元々義母は昨年夏に義父が亡くなって以来、買い物難民でした。
一番近いスーパーまで義母の足で徒歩1時間以上、夫の足でも40分以上かかります。
なので、夫が週に2回、車でスーパーに連れていく習慣ができていました。

地震翌日も買い物に行く日だったので、義母を連れてスーパーに向かいました。
ついでにそこで我が家の夕飯の買い物をしようと思っていました。道中、長男から、前日(地震当日)は近所のコンビニは商品が空っぽ、スーパーも地震と同時に店じまいしてしまったことなどを聞かされ(私は買い物した後だったのでそんな状況知らなかった)、「『今夜何食べたい?』じゃなくて『今日何買える?』って状態かもね」と構えていました。
行ってみると、いつも通りの品ぞろえで、特に混雑もしていませんでした。
そこで、義母はいつも通り3~4日分の食材を買い、私たちはその晩の買い物と、98円という安売りをしていたカップめんを、停電に備えて家族の人数分買いました。
パニックになってなくて良かった~と思っていましたが、我が家の近所のスーパーは、日に日に入店のための行列が長くなっていったようです。
きっと停電に備えて、オール電化のご家庭などで加熱しないでも食べられるものを求めているのだろうと、うちでは冷静に眺めていました。

実際、一度も行列に並んだことがありません。
そもそも、行列に並べるような時間がないし。
職場でも、みんな「並べない」と嘆きながらも、なんとかその日の食べ物を調達していました。
そう、うちの辺りは被災地ではないので、特に並ばなくても、何とかなるんです。
停電の時間帯には、スーパーもコンビニもファーストフード店も閉店してしまいますが(そんな光景これまで見たことありませんでした)、それ以外の時間に入店すれば、たいていの物が今まで通りに食べられます。
ここは意地でも冷静を貫こうと思っています。

うちの近所のスーパーは、野菜も魚も肉も、普通に買えますが、お米やパンや乾麺やインスタント食品、牛乳、たまごの棚が全く空っぽです。不思議なのは、豆腐や納豆まで売り切れなこと。
豆腐だってそんなに日持ちしないし、毎日のように3時間停電する冷蔵庫なんて全然当てにならないし、どういう基準で買占められていくのでしょう?陳列棚に少ないものは「一応買っておこう」ということになるんじゃないでしょうか。陳列棚が空なことが人々の不安を煽って買いたい衝動を起こさせる、という悪循環に陥っているような気がします。

地震から一週間経ったこの間の土曜日、夫が義母をいつものスーパーに連れて行ったら、お米以外は全て以前通りの品揃えで、レジも普通の並び具合だったとか。
そういう土地柄なのでしょうか。
いつでも買える、という安心感を失わないよう、冷静さを失わないことが大切だと思いました。

その場面 - 2011.03.22 Tue

映画「死の秘宝」パート2の初出し映像というのを見てしまいました。
映像の一部に、初めて見るスネイプ先生の場面もあり、その場所に感じるものがありました。
それについて書こうと思っていたら、ポッターマニアさんでその映像のスクリーンショットが公開され、そこに書かれ説明文が、私の思う場所と全く違っていて驚きました。


以下、映画の超ネタバレがあります。
くれぐれもお気をつけ下さい。









表情2 - 2011.03.21 Mon

一昨日だったか、テレビで、有名な漫画家が中学生時代に描いていた絵を見ました。
大物漫画家は、中学時代から頭角を現していたのか、それとも努力でそこに至ったのか、という趣旨だったと思います。
3人の有名な漫画家たちが中学生時代に描いた絵は、どれも秀逸でした。
あー、やっぱり。とがっくりしたものの、まあ私は有名な漫画家になろうと思っているわけではないし、自分の中のイメージを表現したいだけなんだから、と自分に言い聞かせました。

今月の絵画教室はお休みになりました。
電車で習いに行っているし、お互い落ち着いて取り組めない状況なので。
2月のレッスンは、BHから帰ってきた翌々日にありました。
1月の続きで、表情を4つ描くとい課題です。
(この記事のタイトルに「2」がついているのは、1月のレッスンの時にも同じタイトルをつけたからです)
1月には、ノーマル、嘲笑、怒り、憎しみの4つを描きました。
2月は、悲しみ、寝顔、恐れ、痛み、について描きました。
この時、悲しみと恐れを描き分けることが意外と難しいと気付きました。

そもそも、恐れの表情ってどんなの?
他人の顔から色々な感情を読み取ることが出来る以上、やっぱり特有の表情があると思うのですが。
そして、物語の中においても、スネイプ先生の恐れの感情を、ハリーは見て取っています。
どこで見たか?
7巻の叫びの屋敷ではありません。
ここでスネイプ先生は、恐れの表情を見せてはいません。
殺される直前だというのに無表情を貫いた先生を本当に尊敬します。
7巻33章の中で、入学前のセブルスが嘘をついた時に恐れているようすを見せています。
リリーの命乞いをした風の強い丘の上でも、恐怖がハリーに伝わっているので、きっと顔はもちろん全身から恐怖がにじみ出ていたのだと思います。
6巻では、スラグホーンのクリスマスパーティ中、ドラコがフィルチに捕まった時に、怒りの他に恐れが混じっていることにハリーは訝っています。
あと、4巻でシリウスが黒犬から人間の姿に戻った時に「怒りと恐怖の入り混じった表情だった」とハリーは見ています。
意外とスネイプ先生は「恐れ」「恐怖」の表情を出していたのですね。
(しかし、なんでシリウスの変身に「恐怖」が混じっていたのかよくわかりません)

確かにスネイプ先生は恐れの感情を表に出してはいたようですが、なかなかそれがイメージがつきません。
そんな私が、何か具体的に示された写真でもないかと「恐れ 表情」で検索していたら、面白い記事を見つけました。
欧米人にとって「恐れ」の表情が、東洋人には「驚き」に見えるとか。
ううむ。こうなると、スネイプ先生も「驚き」のように目を見張った感じで「恐れ」を表している可能性があるな、ということでそんな風に描きました。

痛みについては、その加減にもよると思いました。
耐えられないような激しい痛みは、きっと目をつぶっているでしょう。
私としては、初めて閉心術の課外授業をした日に、ハリーの魔法で手首にみみず腫れが出来た時の、「イタッ」くらいの顔を書こうと思いました。
しかし、それだってとても難しかったです。
描いている私が「イタい」と思いました(笑)

スネイプ先生の悲しみについては、7巻33章の記憶の場面でしか出てこなかったと思います。少なくとも、それまではハリーのフィルターがスネイプ先生の悲しみを通さなかったと思います。
もしかしたら、3巻でシリウスを逃して逆上した時などに、悲しみも見て取れたのではないか、という気がします。

寝顔については、どこにも記述はありませんが、人間必ず眠るものなので、絶対「寝顔」というものも存在したはずです。
この寝顔は家に帰ってから仕上げはしましたが、レッスン当日に先生の目の前で描いていきました。
私が描く様子を見ていて先生は「安らかですね」と感想を漏らしました。
実際は多少眉をひそめて、常にどこか熟睡できなかったと想像しているのですが、私が描く時だけでも、安眠して欲しいと思ってあらゆる表情筋を使わないように、描いてみました。
そのあまりの無防備さに、自分で描いててドキドキしました(笑)
そんな私の妄想の寝顔をご覧になりたい方は、続きからどうぞ。




花の名 - 2011.03.20 Sun

連休中、停電が中止となり、ほっと一息です。
とはいえ、節電は継続中、家の中にこもっているとだらだらパソコンをやりたくなるので、夫と散歩に出かけました。

今回はスネイプ先生もお連れしました。
2週間前にはきれいだった菜の花は、盛りを過ぎていたので撮影はやめました。
2週間前にパンジーを植える作業をしていたのを思い出し、そこまで行ってみました。
きれいに植わっていましたが、ちょっとまばらな感じ。
それでも紫色のが比較的綺麗だったので、一緒に撮影です。
DSC05399a.jpg
パンジーとスネイプ先生

広い公園内をそぞろ歩き、そろそろ帰ろうかと思っていた頃、この時期、水仙ガーデンがあることを知りました。
園内のポスターによれば、見ごろは3月下旬から4月中旬とあります。
まだ早いかもしれないけれど、もしかしたらナルシッサ(水仙の学名Narcissus)と写真が撮れるかも!

行ってみると、ほとんどの水仙がまだ蕾すら出ていなくて、いくつか早熟な株にだけ蕾がついている状態でした。
DSC05425a.jpg
こんな感じ

ちなみに、この写真の水仙は、「ゴブレット」という品種です。
DSC05424a.jpg
未だ咲かない「ゴブレット」
ゴブレットと一緒のスネイプ先生を撮りたかったなあ。

いくつもの品種を区切って植えてあるのですが、今が盛りを迎えている一角がありました。
DSC05411a.jpg
フェブラリーゴールド(Narcissus cyclamineus 'February Gold')とスネイプ先生

この品種、花がちょっとうなだれているような感じ。
向きを変えて撮影すると、まるで司祭と敬虔な信者たち、といった風に見えました。
DSC05401a.jpg
祈り

フェブラりーゴールドの他にもう一つ、盛りを迎えていた品種の一群がありました。
中心がオレンジ色のその花の名は、プロフェッサーアインシュタイン
DSC05416a.jpg
プロフェッサーアインシュタインとプロフェッサースネイプ

アインシュタインの名を冠した花があったなんて知りませんでした。
中学生の時の卒業文集に、尊敬する人として私はアインシュタインと書いた覚えがあります。

では、尊敬するプロフェッサーたち、こっちを向いて!
DSC05422a.jpg
はい、チーズ♪

心構え - 2011.03.19 Sat

月曜に電車の運休で出勤できなかった同僚が、火曜に出勤してきた時、なんだかどんよりした雰囲気でした。
週末だけでなく、月曜日も一日中地震のニュースを見ていて、未来への漠然とした不安で気が滅入ってしまったようです。
被災していない私たちは、あまりテレビを見過ぎて元気を失わないようにしなくちゃ、と同僚たちの間で話題になりました。

この頃節電のために、今までのように別室で一人でパソコンに向かうことがなくなったことと、被災した方の苦労を思うとどんな不便も不安もたいしたことはなく感じられたのと、楽しい話題は不謹慎な気がしたのとで、なんとなくブログを書く気がせず、書いたとしても無難な近況報告ばかりしてきました。
また、毎日の生活に追われるような感じで、ハリー・ポッターの世界から遠ざかってしまったような感覚もありました。
が、別ブログにいただいたコメントに、お答えするに当たって5巻や4巻を読み返していたら、やっぱりその世界に引き込まれ、自分の考えをまとめるのがとても楽しかったです。

そして、以前のように楽しかったことやスネイプ先生のこと、ハリー・ポッターの物語のことを話題にすることは、決して不謹慎ではないはず、もしかしたらそれを求めている元気のない人もいるかも、と思っていた矢先、被災し、避難所生活を送られた方からのコメントをいただきました。
ようやく通じた通信機器で、私のブログにいらして下さったこと、大変な時にスネイプ先生を思い出していた方がいらしたことに、とても心を動かされました。

ニュースを見て心を痛めるあまり、自分まで被災したかのような気分になってしまっては、被災地に届ける元気もなくなってしまうと思います。
節電を続ける以上、今まで通りとはいなかいけれど、読んだ人が少しでも元気になれるよう、せめて気持ちだけは明るく保ってブログを書いていきたいです。

一畳分 - 2011.03.18 Fri

節電のため、家族全員がほとんどいつもリビングにいます。
今、そういうご家庭は多いのではないかと思います。

うちの場合は部分的に人口密度が高いです。
リビングのごく一部に5人が集中しているのです。
テレビの前のソファーに3人、その下の床に2人が座り、要するに1m×1.8mくらいの空間に家族5人が密集しているのです。
一畳分のスペースがあれば足りるんじゃ?という感じ。

テレビを見ていたり、パソコンをやっていたり、ゲームをやっていたり、一緒にいながらバラバラですが、どこか体の一部が触れ合いながら一緒に居る、ということが安心でもあります。
大の大人が密集している様子は、傍から見たら奇妙でしょうけど(笑)

停電中 - 2011.03.15 Tue


誕生日にいただいたランタンとブリティッシュヒルズで作った緑色の蝋燭がとても役に立っています。
ラジオと共に心強い味方です。

移動手段 - 2011.03.14 Mon

計画停電が実施されると昨晩知りました。
朝6時20分からのグループだということで、今朝はいつもより更に早く5時に起き、お弁当作りなどの家事を終えました。
お弁当を作っている途中で、私や次男が利用する路線は終日運休だと知り、学校に行けないならお弁当必要ないじゃん!と気づきましたが、そのまま仕上げました。
私の利用する路線がまさか終日運休とは思ってなかったので、呆然としました。
そこへ上司から同報メールが届き、無理して来ないように、とあったので、出勤を諦めかけました。
が、今の私が被災した人々に出来るのは義援金を送ることくらいしかなく、ならば自分の所属する場でいつも通りの役割を果たそうとすることが、社会の機能を保つために今の私に出来る最善の選択なのではないか、と思い直しました。
そこで自転車で出勤しました。
ドアtoドアで1時間2分でした。
被災者の苦しみに比べたら、こんな不便など気にしていられません。自転車をこぎながら、「地震なんかに負けるもんか!」と心の中で言ってました。
A君も太一君(仮名)も同じことを自分に言いきかせていたらしいです。
帰宅後、足がとても痛くて、毎日のこととなったら続くだろうか?とちょっと不安だけど、負けるもんか!

しばらくは節電のため、パソコンの電源入れる頻度を減らします。
コメントのお返事は、少しお待ち下さい。

地震当日 - 2011.03.13 Sun

地震の被害があまりにも大きくて、言葉もありません。
節電のため昨日はパソコンの電源を入れませんでしたが、節電の必要は長期化しそうだし、メールやコメントなどでご心配いただいたので、今のうちにとりあえず近況だけ書いておこうと思います。

地震当日私は半日勤務で、健康のためと一駅前で降りて徒歩で一駅分、1時間弱を歩いて帰りました。まさか、その後多くの人が徒歩で帰宅することになろうとは夢にも思いませんでした。
途中夕飯の買い物をしてから家に着き、洗濯物を取り込んで二階の寝室で正座して畳んでいる時、窓から変な音が聞こえたので、そちらを見ました。
窓に隙間はなく、どうやら地震で軋んでいるらしい、と気付きました。まるで普段の地震とは違う音だったけれど、ガタガタと揺れないので再び洗濯物畳み始めたら、揺れの幅が大きくなってきて「これはまずい!」と思いました。
「激しい揺れ」ではなく「大きな揺れ」という感じで、家がギシギシ軋みながらより大きく揺れていき、立とうとしても立てず、中腰で寝室出口のドア枠に掴まって耐えました。あらゆるドアが開いて、ギーギー音を立てました。
何かが落ちた音がしたので、てっきり積み上げたハリポタ本だと思ったら、高いところに載せておいた寝袋でした。

揺れがおさまらないうちに、娘に電話を入れましたが、既に通じず、その後家族全員にメールで安否を尋ねました。
実家の両親にも電話してみましたが、全然通じず、やはりメールを送りました。
それから一階に駆け降り、テレビをつけて、東北の惨状を知りました。
揺れている時に、「震源は近くないけど、どこかはとても激しく揺れたに違いない」という強い胸騒ぎを感じていましたが、やっぱり。
その後はテレビとパソコンをつけっぱなしにして情報収集しながら、ひたすら家族との連絡を取ろうと試みました。
最初に連絡が取れたのは長男で、彼女宅からの家電でした。
そこで家電ならかかるのか!とまず一人暮らしの義母のところにかけて安否が確認できました。
実家にはかかるものの誰も出ません。
その後他の家族とは順次連絡が取れていきましたが、実家の両親とだけはどうしても連絡が取れず、妹と心配していたら、父から「今○○にいます」というメールが届き、驚きました。
県内ではあるけれど、私にとって全く馴染みのない地名、どうしてそんなところに!?しかも、あまりに短い文面からは、母と一緒なのかどうかもわかりません。
「お母さんも一緒なの?」と質問しますが、一向に返事はなく、妹が車で実家に見き、母の不在を確認した頃、母も一緒だというメールが届きました。
しかし、メールに書かれた情報が少な過ぎ、どうも外出先で地震が起きて電車の中にいるらしいことはわかったものの、駅に停まっているのか途中にいるのか、全然わかりません。
その頃には大津波警報も出ていたし、JRなどは運転の再開はなし、との情報が入っていたので、迎えに行かなければ、両親は電車で夜を明かすことになるかもしれません。
「迎えに行こうか?」と妹がメールしても返事は届かず、「大丈夫なの?」という私のメールには「電車は暖かく、食べ物も飲み物も十分あります。大丈夫」と呑気な感じの返事が返ってきました。
車内にいて情報が入らず、日本が今どんなに大変なことになっているかわかっていなかったのだと思いました。「運転再開の見込みはないよ。そこで夜を明かすつもり?迎えに行くよ」とメールしておきました。

一方、次男の高校は海から500mも離れておらず、津波が来たら最初に波をかぶるだろうと思われました。また、携帯電話の持ち込みが校則で禁じられていて、次男は律儀に持っていかない日の方が多く、連絡を取るのも難しいと思われました。
でも、学校側はそんな時は階上に集めて、警戒が解かれるまで生徒を家には帰さないだろうと思っていました。
16時半頃次男から「帰れないよー」とメールがあり、携帯を持っていたことに安堵し、教室に集められた様子を想像していました。
が、17時半頃「○○に迎えに来てもらっていい?」と高校の所在地とは違う隣の市の名前を言ってくるではありませんか!
これは既に歩いているに違いないと思いましたが、○○市のどこなのか、駅にいるのかどうかもわかりません。
「駅なの?どこに迎えに行けばいいの?」と返信しましたが、メールのやり取りにタイムラグがありすぎて、結局歩いて19時少し前に到着しました。
テレビでは海から10km離れたところまで津波が押し寄せたと報じているので、そんな中、海から2kmと離れていない橋を渡ったかと思うとぞっとしました。
授業は地震直後に終わり、その頃まだ警報も出ていなかったので学校は部活を中止しただけで生徒を返したのでしょうが、結果としては無事だったかもしれないけれど、判断として適切だったかどうか疑問が残ります。

我が家も海から1kmほど。
大津波警報が出て、「沿岸部にお住まいの方は高台へ」と促されますが、ここが沿岸部なのかどうか判断に迷いました。
テレビを見れば、1kmなどあっという間に津波が到着していますが、そもそも地形が違うし、海抜はもう少し高いように思うし。
何より、次男や長男が帰ってくるまでは家を空けられないので私はそのまま家にいました。
夫は仕事で都内にいて(羽田空港近くの海抜0m地帯)、帰宅の足が奪われ、そのまま外出先に泊ることになっていました。

何も手につかないまま時間ばかり経ち、ハッとして夕食を作り始めたのが7時近く。
次男と2人で夕食を食べ、あとはひたすらテレビの映像を見ていたら、母からのメールが届き「来てくれるの?」とあります。
9時を過ぎていました。
まさか今頃になって返信があるとは思っていませんでしたが、妹と連絡を取り合い、どちらの車にもナビは無いけれど、私は地図を頼りに知らない場所に行くことには慣れていたので、妹が運転して私がナビ役になって、両親を迎えに行くことにしました。
グーグルマップで地図をプリントアウトして実家まで車を走らせ、そこで妹と落ちあい妹の車に乗り込みました。
妹のだんなも都内から帰宅できずにいたので、小学生の姪も一緒に連れてきています。
知らない駅まで行く覚悟でしたが、「突然運転再開しました。お騒がせしました後はタクシーで帰ります」という内容のメールが届き、妹と困惑しつつ、「タクシーは簡単には拾えないはず」、とその電車が着く駅まで迎えに行きました。
案の定、タクシー乗り場は長蛇の列。
両親は、やっと考えの甘さに気付いたようでした。やれやれ。

そんなこんなで帰宅したのが11時過ぎ。
長男も無事帰っていましたが、なんと彼女とその家族と一緒に、海から離れたビルの上のレストランに避難していたそうです。
こっちは、長男が帰ってきた時いないと困ると思って家にいたのに…。

とにかく、その日のうちに家族の安否が確認できて良かったです。
テレビで、今なお家族の安否が知れず不安そうに声を震わせる人々の姿を見ると、涙が出ます。
無事に再会できることを祈らずににはいられません。
行方不明の方々が一人でも多く無事でいることと、亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。

無事です - 2011.03.12 Sat

ゴタゴタしていて、パソコンには向かえませんが、私も家族も無事です。
次男は高校から徒歩で2時間半かけて帰宅、夫はまだ都内にいて帰宅出来ませんが、無事は確認出来ています。
安否がわかるまで、気が気ではありませんでした。
きっとまだそんな気持ちの方がたくさんいらっしゃるに違いありません。
被災された方、大事な人の安否がわからない方に、心からお見舞い申し上げます。

モデル - 2011.03.07 Mon

スネイプ先生にはモデルとなった人物がいると言われています。
どうも3人いるらしいのですが、詳しいことはよくわかりません。
以前、ローリングさんのインタビュー本「ハリー・ポッター裏話」を読んだ祭、嫌いだった先生について語る時にかならずスネイプ先生の名が出てきたのを覚えていますが、その先生達がモデルなのかな、くらいに思っていました。
また、もっと前、スネイプ先生に夢中になったばかりの頃、このブログを始める前くらいに、色々なサイトを見て回り、その中でモデルとなった人物のコメントを読んだことがあった気がしますが、それがどこのサイトだったのか、3人のうちの誰だったかも思い出せません。(ポッターマニアさんだったかなあ)
そして、画像へのリンクもあって、見たような気もするのですが、既にリンク切れになっていたような気もするし、要するにどんな顔をしていたか全く思いだせないままほとんど忘れていました。

先日ブリティッシュヒルズできじゅさんから画像が見られるサイトがあるよ、と教えていただきました。
帰宅後早速見てみて、とてもとても驚きました。
その方が、あまりにもイメージ通りだったからです。
既にご存知の方も多いと思いますが、私のように知らない方もいらっしゃるかもしれないので、リンクしておきますね。
こちらからどうぞ
ネトルシップ先生とおっしゃる化学の先生だそうです。

好きじゃなかった科目の先生というだけでなく、外見もだいぶ取り入れられているんじゃないかと感じます。
ローリングさんの文章を読んでイメージした姿―目も鼻も薄い唇も髪も、ぴったり合うので。
そして、ものすごく好みです(笑)
ハリー・ポッターの本を手にしてもにこりともしていないのは、写真を撮る時だけのポーズだとは思えません。
口元の筋肉が、長年への字口を通してきたことを物語っていると思います。
それでこそ、スネイプ先生です!

春の散歩 - 2011.03.06 Sun

先日、職場で健康診断がありました。
その時、初めてメタボチェックを受けました。
腹囲を測定されたのですが、その数字を聞いて思わず「ひぇぇぇ~!」と声を上げたら、測定した職員に、「ウエストではありませんから」と慰められました。
が、そうは言ってもちょっとショック。
年が明けてから増量傾向にあり、去年の健康診断時の体重の2kg増しになっていたので、健康診断3日前から節制したのですが間に合うはずがありませんでした。

メタボチェックの問診票の中に、1日1時間以上の運動を週に3日以上継続して行っていますか?というような質問がありました。
絶対無理!と思ったのですが、やはりせめて1週間に1回、無理なら1ヶ月に2~3回くらいは1時間以上の運動をしようと決心しました。

そこで、天気の良かった昨日、1時間のウォーキングを実行しました。
家を出発してから30分速足で歩き続け、30分経ったら戻ってくれば1時間の運動になる、という計算です。

まずはわき目も振らず、30分歩き通しました。
家を出てから10分を過ぎたころ海辺に着き、そのまま海沿いの道を歩き続けて30分経ったところで浜に降りました。
ここでちょっと休憩、というか海辺の観察をします。
そのつもりでカメラも持ってきていました。

昨日はとても波が穏やかで、空気は冷たかったけれど、日差しは暖かくとても春らしかったです。
DSC05362a.jpg
春の日差しにきらめく波

蜃気楼の一種の浮島現象も見られました。
DSC05365a.jpg
ちぎれて見える遠くの半島(クリックで拡大してください)

波打ち際に何か面白いものは落ちていないかと探したのですが、目立ったゴミも生物も貝殻もほとんどありませんでした。
しかし、散歩に来たと思われる人々や犬の足跡がそこここにありました。
DSC05367a.jpg
複数の足跡

DSC05372a.jpg
ちょっと大きめの犬の足跡

犬には詳しくありませんが、足跡の大きさからどれくらいの犬かなーと想像するのは楽しかったです。

餌をついばむ鳥がいたので、その足跡も撮ってみようと近づいてみました。
DSC05370a.jpg
ハトの足跡

DSC05374a.jpg
シギの一種?の足跡

DSC05375a.jpg
カラスの足跡

観察していると、カラスは飛び立つ前に羽ばたいて、それから前方にぴょんと飛び出してから飛んでいました。
画像中心部の砂がより多く盛り上がったところで羽ばたいて、その少し前方(画像右)に一瞬着地した跡があるのがわかるでしょうか。
DSC05376a.jpg
カラスが飛び立った跡
同じような跡があちこちにありました。

こんな具合に海辺を散策した後、再び速足で家に戻ります。
が、途中通りかかった公園内で菜の花がとてもきれいだったので、また立ち止まってしまいました。
DSC05379a.jpg
ああ、スネイプ先生も連れて来るんだった…

携帯のストラップにレゴスネイプ先生がいらっしゃることを思い出し、非常に苦労して画面に納めました。
DSC05380a.jpg
菜の花畑のスネイプ先生
透明薬の瓶を持たせようと頑張ったのです。
顔が隠れてしまったので撮り直そうと思ったら電池切れでした

ウォーキングのつもりが散歩になってしまいました……。
でも、その後一心に歩き続けて帰宅したら、すごい汗で爽快感もいっぱいでした。
また気が向いたら継続して行おうと思います。

スカイツリーと浅草散策(2) - 2011.03.05 Sat

逆さスカイツリーの見える場所に連れていってもらいました。
が、風があって水面が揺れて、くっきりとは見えませんでした。
DSC05303a.jpg
水面にうっすら映るスカイツリーとスネイプ先生
橋の上からの撮影です。

その橋のすぐ近くに、スカイツリーの全身が映るというカーブミラーがありました。路駐の車があり、映るポイントに立てないため、片手だけ伸ばして撮影しました。
だからスネイプ先生は一緒に撮れませんでした。
DSC05304a.jpg
カーブミラーに映るスカイツリー

さらに足を延ばして鉄道とスカイツリーが見える撮影ポイントまで連れていってもらいました。
DSC05313a.jpg
押上駅付近から見たスカイツリー
ちょうどスネイプ先生の頭上あたりに、雲間から覗く太陽があります。

太陽が見えていたのに、雨が降ってきました。
業平橋駅に向かう途中で結構降ってきて、1本の折り畳み傘に3人で入りました。
その様子が、透明マントに入るハリーたち3人みたい、と言われて、素敵な発想だと感心しました。

再び浅草に向かうため、業平橋駅に戻りました。
来年には駅名が変わるということなので、記念に撮影しておきます。
DSC05315a.jpg
業平橋駅

浅草のミスドで弥竜さんと合流し、そこでコーヒーを何杯もお変わりしながら2時間かそれ以上しゃべりました。
ブリティッシュヒルズのアクティビティーでもらったカルタを持っていったので、絵札を見ながら、スネイプ先生や他のキャラクターについて、原作の解釈などかなり深く語りました。
皆さんスネイプ先生ファンではありますが、他のキャラクターについても深く読み込んでいて、舌を巻きます。
私はスネイプ先生以外のキャラクターの話となると、色々記憶になく、「そう…だった……っけ?」と目が泳いでしまいました。
1番と2番の差が激し過ぎる、と指摘されました(笑)

ミスドを出ると、閉店が早いからということで、仲見世を見学することにします。
外国の人をターゲットにしているようなお土産屋さんなどは、ホグワーツの人々がどんな反応を示すだろう?と想像し合いながら見て回ります。
スネイプ先生パペットにちょうど良いサイズの番傘かなんかがないかと探したのですが見つからず、提灯を買いました。
DSC05390a.jpg
雷門の提灯を下げて歩くスネイプ先生
日本のお土産~♪

それから、揚げ饅頭屋さんでかぼちゃの揚げ饅頭を買って食べました。
熱々ですごく美味しかったです!
DSC05316a.jpg
スネイプ先生と熱々揚げまんじゅう(かぼちゃ味)

スネイプ先生をはめた手で無理矢理揚げまんじゅうも持ったため、ローブに触れてしまいました。
油を吸わせてしまったかも。「油染みだらけ」とか、言われちゃう!

仲見世を一通り見て回ると、こんどはかっぱ橋道具街に行ってみることにしました。
雷門前の交番で道を尋ねたら、800メートルくらい先、ということでした。

DSC05317a.jpg
かっぱ橋道具街通りにて

料理道具や食器、食品サンプルなど、眺めるのが楽しいお店が並んでいましたが、私たちが行った夕方6時過ぎた頃には、店じまいしているところが多かったです。
魔女の大鍋にしか見えないものを売っている店や、色々な形の瓶類が並ぶ店などがあり、非常に興味深かったです。商品の写真を撮るのは気がひけて撮れませんでした。

商店街の中にひっそりと河童像がありました!
DSC05320a.jpg
黄金の河童の河太郎像(火災予防運動実施中のたすき掛け付き!)
思いのほか良い体躯だったことが、後ほど話題になりました(笑)

その後また浅草駅近くに戻ってきて、パスタのお店に入り、またここで長々と過ごしました。お店は空いていたし、座席は広いし、居心地良くて、ここでも濃厚なハリポタトークを繰り広げました。

それぞれ持参した人形類を、テーブルに置いていました。
スネイプ先生を横たわらせていると、ちょっかいを出してくる生き物がいます。
DSC05329a.jpg
マントの中に入ってくるかっぱさんと襟元に鼻先を寄せてくる狼さん

構って構ってという感じが可愛いです。
スネイプ先生、モテモテで良かったね

杖振りには行けなかったけれど、念願のスカイツリー見学は出来たし、ずーっとスネイプ先生を語れたのがとても楽しかったです。
遊んで下さった方々、ありがとうございました!

スカイツリーと浅草散策(1) - 2011.03.04 Fri

一昨日、さざなみ竜さんとナッチさんと弥竜さんとで浅草近辺に行ってきました。
元々は、マジクエストに誘っていただいていたのです。
ところが、遊園地内で人が亡くなる事故が1月にあって以来営業休止中、3月に入っても復活の気配がなかったので、延期となりました。
が、せっかく日を調整してあったのでお食事だけでも一緒に、という連絡をいただき、以前から見てみたかったスカイツリー見学を提案し、この日は浅草とその一つ隣の駅付近を散策することになりました。


最初は雷門前に弥竜さんを除く3人が集合しました。
平日だというのにたくさんの観光客がいて、撮影に苦労します。
DSC05282a.jpg
スネイプ先生を手にはめたまま頭上高く挙上して撮影

人が写り込まないようにと、スネイプ先生を高く高く掲げたのが、ものすごく恥ずかしかったけれど、おかげで良い写真が撮れました♪

F1000152.jpg
リアル狼さんと一緒に

3人揃うと、まずはお昼を済ませることにしました。
さざなみ竜さんお薦めの洋食屋さんでハンバーグを食べました。
DSC05284a.jpg
ロシア風ハンバーグ
お薦めだけあって、とっても美味しかったです♪

その後、スカイツリー見学に出かけました。
浅草駅から東武伊勢崎線で一駅の業平橋駅を目指します。
お店から浅草駅に向かう途中で、巨大な黄金のオブジェを見かけました。
F1000159.jpg
アサヒビール スーパードライホール
炎のオブジェらしいですが、どう見ても巨大なう○○に見えるので、早速撮影、次男に送りつけました(後で「何て返信したらいいかわからなかった」と言われました

F1000161.jpg
スカイツリーとスネイプ先生と炎が同時に見られる貴重な一枚

業平橋駅でホームに降り立つと、すぐ目の前にスカイツリーの足元が見えました。
外に出て、スカイツリーの足元を歩きます。

DSC05287a.jpg
スカイツリーを見上げて

DSC05289a.jpg
かっぱさんと見上げるスカイツリー

スカイツリーは、私たちが行った日の前日、600メートルを超えて自立式電波塔としては世界一の高さになった、と話題になったばかりでした。
DSC05291a.jpg
根元に示された「現在のタワーの高さ」は604m

DSC05293a.jpg
拡大


スネイプ先生に、なぜかとってもスカイツリーを見せたかったんです。
600メートルを超えた状態で見せられて良かったです。

2011年雛祭り - 2011.03.03 Thu

今日は雛祭り。
うちの雛人形に付属していた栞によれば、お嫁に行ったら役割を終えるとされる、とのことなので、今年も飾りました。
娘が合宿で不在のまま、先週末夫と2人で飾りました。
今日の雛祭りもまだ合宿から戻りませんが、やはり雛祭りらしいことはしたいと思い、五目寿司を作りました。
そろそろ作り方をしっかり覚えさせておきたいんですが…。
今夜は、五目寿司と蛤の潮汁と菜の花の辛子和えとお刺身です。
そして、食後に桜餅。
行事食は変わらないけれど、食卓を囲む顔ぶれとか人数とかは、これから変わっていくのだろうな、と思わせる雛祭りでした。

福島の次は - 2011.03.02 Wed


浅草~
(遊んでばっかり)

2011年雪のBH・2/20(4) - 2011.03.01 Tue

12:30より少し早く、ティールームに行きました。
旅行前、果穂さんやきじゅさんやyumaさんと打ち合わせしておいて、お昼はティールームにしよう、と決めていました。
アフタヌーンティーを楽しみたい、ということで、みんなアフタヌーンティを選んだのです。
テーブルは4人ずつだったので、果穂さん親子は別なスネイプ先生ファンの方などと座り、私たち親子はきじゅさんとyumaさんとご一緒しました。

紅茶はアールグレイを飲みたい気分でしたが、普段飲まない物を、と私はなんとか(既に覚えていない)・ウバを、娘はキームン・ザ・クィーン(だったかな)を頼みました。

DSC05251a.jpg
三段重ねのアフタヌーンティ(2人分)

下段が、きゅうり、玉子、チキン、それぞれのサンドイッチ
中段がキッシュとスコーン2つずつ
上段がタルトと名前がわからないケーキ(マンゴー風味でココナッツがまぶされている)

スコーンは、プレーン、レーズン、チーズから2つ選びます。私はプレーンとレーズンを、私以外はプレーンとチーズを選びました。
ちゃんとクロテッドクリームもついてます。
玉子サンドはカレー風味でした。
特筆すべきは、キッシュの味。とっても美味しかったです。
マンゴーとココナッツという言葉だけ聞き取れたオレンジ色のケーキは、ムース系の軽いものだと思って後に回したら、中までスポンジの、パサパサした食感のケーキで意外にヘビーで、しまった!と思いました。

元々あまりお腹がすいていなかったし、焼き物は持って帰っても良いということだったので残そうかとも思ったのですが、スコーンにつけるクリームとジャムまでは持ち帰れないなら、ここで食べてしまおう!ということでゆっくりおしゃべりしながら食べきりました。
食後の胃の感覚は、イギリスに行った時とそっくりでした。
イギリスほど粉っぽくはないものの、やはり小麦粉ばかりの食事だとそう感じるのでしょうか??

14:45集合だったので、その2,30分前にティールームを出ました。
エントランスホールで、私は気になっていたある場所を撮影しました。
DSC05253a.jpg
エントランスホールの壁

これは、panelled room、「羽目板飾り」の部屋ではないでしょうか?
以前、記事にした時のリンク先にあるような部屋だと思いました。
だとしたら、職員室ってこんな感じ?
フィルチに手伝わせて、ズタズタになって血だらけの脚に包帯を巻いたり、ロックハートに秘密の部屋に現れた怪物と対決するよう促したり、ルーピンのボガート授業前に、一人で低い肘掛椅子に座っていたのは、こんな部屋だったかもしれないんです!
DSC05254a.jpg
肘掛椅子に座るスネイプ先生

時間になってバスに乗り込むと、BHのスタッフや先生方が、見えなくなるまで手を振って見送ってくれました。
『スネイプ』先生はいなかったかな。次のクラスがあったのかもしれません。

帰りの新幹線ではまた向かい合わせに座って、取りとめのないおしゃべりをしたり、互いの連絡先をカードにしたためたりしました。
東京が近付くに連れて、マグルの世界に戻ってくる実感があります。
大宮で何人かが降り、ぐっと寂しくなりました。
上野駅が近づき、一度もスカイツリーを生で見たことがない、と言ったら、多くの人がそうで、進行方向に向かって右の窓を見たら良いのか、左を見たら良いのかさえわかりません。
やっと左の前方にかすかに見え、みんなで窓に貼りついて見ました(笑)

東京駅で解散しました。
いつもはここで完全にマグルの世界に引き戻されて、なんだか途方に暮れるような感覚を覚えるのですが、親戚の家に寄るというリーマスさんと乗り換え後も一緒で、少し長く魔法界にいられました。
原作のスネイプ先生とルーピン先生について、少し語りました。
最後まで充実した旅でした。

今回もとても楽しかったです。
やはり、趣味を同じくする方との旅行は楽しいです。
自分で主催するオフ会も楽しいけれど、気楽に企画に乗っかって楽しむのは格別です。思いだすだけで胸がホカホカしてきます。
また次回がありますように。
ぜひぜひ、次の企画もお願いします!

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