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2017-08

うちのトビアス - 2012.10.16 Tue

三日前の10月13日、父が亡くなりました。
喪主は母でしたが、私と妹の二人で葬儀のほとんどを仕切ったため、無我夢中の三日間でした。

13日の朝6時20分頃、父が入院している病院から電話がありました。
まだ眠っていた頭はすぐに冴えたものの、何から支度していいのかわからず下着の順番を間違えたり、何を着ていいか思いつかずに洗濯するつもりだった前日の服を身に付けました。

前日から長男が車で旅行に行っていたためうちに車がなく、夫と次男とともにタクシーで駆けつけました。
9階まで上がるエレベーターの中で夫に時間を尋ねたら、「6時55分くらい」という返事でした。
病室に入ると「今、逝っちゃったよ」と妹に言われました。
死亡時間は6時57分でした。
間に合いませんでした。
心臓が止まっても聴覚は残っていると聞いたことがあったので、「今来たよ!」と大声で呼びかけました。
悲しい気持ちは無いような気がしましたが、涙だけは流れ続けて、夫に「拭けば?」と言われて我に返りました。
そんな自分の涙を不思議に思うと同時に、少し安心もしました。
私は、父が亡くなっても泣かないのではないかと思っていたので。

父は、私が子どもの頃、しばしば怒鳴っていました。
私たち子どもにも、妻である母にも、自分の親にも、他人にも。
それなりに理由はあったかもしれませんが、怒鳴るし体罰は当たり前だし、私も妹も父の顔色を窺う子どもでした。

そんな様子だったので、5巻でスネイプ先生の記憶を見た時は、自分の記憶かと思ったくらいです。
いがみ合う両親を前に部屋の片隅で泣いていたセブルス少年の姿は、怒鳴る父と冷静ながらも火に油を注ぐ母と「仲良くして」と泣きながら懇願した自分の姿と重なり、強く共感したものです。(多分、それでスネイプ先生に感情移入したところに、ハリーを守っているという真実を突きつけられて5巻で惚れたのだ、と自己分析しています)

うちのトビアスは歳を重ねるごとに丸くなり、晩年はあまり怒鳴らず穏やかに会話をするようになった上、最期はかなり弱っていました。そんな姿が昔の記憶に上書きされていったような気もします。

「子どもの頃、私たちは酷い目に遭った」というのが妹との以前からの共通認識でしたが、「なのに私たちエライ!」と言うくらい、まあまあ良くやったと思います。
遺影にはすごく良い写真を選んであげたし。
その写真を見ているとどうにも涙が止まらなくなって、「なんかずるい、お父さん」と思わず口にしています

● COMMENT ●

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この度はご愁傷さまです。
近頃ブログの更新がないことで、二尋さんがパソコン、携帯、いずれも手に取られないような状況なのでは、と思っておりました。
キンモクセイの香りとともに旅立たれたたお父様のご冥福をお祈り申し上げます。

10/17 13:18にコメント下さった方へ

お久しぶりです。今までいただいたコメントは全て把握していますよ。

お言葉ありがとうございます。
また、更新が無いことを心配してくださったことも嬉しいです。
まだやることがたくさんあって忙しいため、しばらくは更新の頻度は少ないままになりそうです。

そちらも大変ですね。どうぞお父様を大事になさってくださいね。

>kmyさん

お言葉ありがとうございます。
kmyさんも、更新が無いことを気にかけてくださったのですね。ありがとうございます。

キンモクセイのことを書いた日は、父が一日だけ家に帰ることを許された日で、私も妹も実家に泊まり、ほとんど寝ないで看病していました。でも、これだけは記録しておかなければ!と思って携帯から投稿したので、kmyさんが反応してくださったこと、とても嬉しかったです。

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10/18 0:20にコメントくださった方へ

いえいえ、今も来てくださっていると知って、嬉しく思いました。

お言葉ありがとうございます。
不思議なことに、時間が経つにつれて喪失感が大きくなっていて、最期に一緒に過ごしたことを記録したいと思いながらなかなか文章にできません。忘れないように残しておきたいのですが…。

10/18 22:19にコメントくださった方へ

お言葉ありがとうございます。
外ではそれなりに気は使っていたのでしょうね。他人とぶつかることも多かったけれどi-229

何より有難かったのは、そんなに長患いをしなかったために、私たちもそれほど疲弊せず投げ遣りな気持ちにならずに済んだことです。
義父といい父といい、長く介護させずに逝ったのは、思いやりなのだろうなと思っています。見習わなくては。

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10/28 9:39にコメントくださった方へ

ありがとうございます。
同じような体験がおありでしたか。

うちの父は尊厳死協会に入っていたのですが、「延命治療は望まない」ことはわかっていても、具体的なことはどこにも文書化されていなかったので、呼吸器はつけないけれど、水分は補給するとか、では栄養はどうするんだ、という点でやはり私たちも迷い、意見が一致しないところもありました。もう少し長引けば、辛い選択を迫られたと思いますが、そうなる前に心臓が力尽きてしまったようです。

その後の後始末においては、見苦しく喧嘩する場面も多々あるので、“明るく見送られた”と言われると恥ずかしいです。
父が安心できるよう、穏便に相談して決めていこうと思いました。
お言葉、ありがとうございました。


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