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2017-08

家庭風呂 - 2015.03.06 Fri

数日前、給湯器の調子が悪くなりました。
自動湯張りボタンを押しても、全く湯張りされないのです。ただ、給湯の昨日は正常で、シャワーやカランからのお湯は出るので、シャワーで浴槽のお湯を溜めて入りました。

昨日修理に来てもらい、湯張り弁の故障を指摘されましたが、全体の劣化も激しく、弁を交換しても給湯の機能の方がいつ壊れるかわからない、と言われ今買い替えを検討しています。
しばらくはシャワーでお湯を張る日が続きそうです。
最初の二三日で試行錯誤して、10分くらいで溜まることがわかりました。
それほど苦ではありませんが、溢れさせないようにタイマーをかけておかないといけないのが面倒です。

ということをやっていて、昔はそれが普通だったことを夫婦で同時に気付いて、「昔はこうだったじゃないか!」と言いました。ボタン一つで適温適量のお風呂に入れることに慣れ過ぎていました。

結婚した当初に住んでいたアパートでは、カランで水かお湯を張って、追い焚きして適温にする、というお風呂だったと思います。その後子どもが生まれるにあたって引っ越した団地でも同様だった気がします。
ということは、今の家に来てから(約13年前)、全自動湯張りになったということですが、すっかり慣れていたのですね。

子ども時代を振り返ると、もっと原始的でした。
水を張って焚くのですが、適温でストップすることはなく、対流もないのでかき交ぜて温度をみたり、経験から得た時間で火を止めたりしたものです。
タイマーをかけることをしない家だったので、時々沸騰するまで沸かして、後でうめるのが大変でした。捨てるのがもったいなくてバケツや洗濯機、洗面器などに熱湯を汲みだして、減った分に水を足し、洗面器の熱湯などは時間が経ってから浴槽に戻して。
夫も「昔は沸騰させたりしなかった?」と聞いてきましたから、決して実家だけのことではなかったと思います。
ちなみに、私が高校生まで住んでいた公団の団地では、小学校3~4年生くらいまでは木製の浴槽で、上がり湯もついてました。

物心ついた時には既に内風呂のある団地に住んでいましたが、生後7ヶ月まではお風呂の無いアパート住まいだったとのことで、首が据わった頃からはお銭湯に行っていたらしいです。記憶が無いのが残念です。

父方の祖父母宅は、私が小学4年生になるまでは五右衛門風呂を使っていました。
薪でお風呂を焚くのを見るのが好きだった私は、小学3年生くらいになってお風呂焚きを任してもらえたことがとても嬉しかったのを覚えています。ちょうどトトロに出てくるさつきさんのようにお風呂沸かしていました。

こうして書きだしてみると、結構色々な家庭風呂を体験していたことがわかりました。給湯器の不調をきっかけに懐かしいこと色々思い出せて良かったです。

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