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2017-08

神のパズル - 2016.02.10 Wed

2013年にNHKで放送された「神の数式」という番組を見ました。
録画したままになっていて、忙しさを理由に見ないまますっかり忘れていたのですが、たまたま最近夫が再び見て話題になったのと、思うところがあって1回目と2回目の途中まで見てみました。

見始めたら、やはり強く共感するものがありました。
「この世に創造主がいるとしたら、どんな設計図に基づいて宇宙を造り上げたのだろう」「物理学者はいわゆる神の設計図を発見し、数学の言葉=数式で表したいと血眼になっている」こんな言葉から始まります。
とある理論物理学者の集団を、「神羅万象を数式で表せると信じている人達」というような表現をしたことに、まずとても共感しました。全く宇宙にも数式にも関係ないところで。
私は彼らのような天才でもないし、全く違う分野ではあるものの、「○○を××で表せると信じている人」だからです。

○○には、「スネイプ先生の思考」が、××には「作品中の描写」が入ります。
そう、ここから話は数式から大きく離れます(笑)


ハリー・ポッターの作者J.Kローリングは、登場人物の一人一人に物語を作りました。Pottermoreにはそのいくつかが紹介されていますが、マクゴナガル先生にしろアンブリッジにしろ、作品中で見てきた人物にはどういう背景があってあのような人格が出来上がったのか、ということがわかります。

スネイプ先生は、作品中最もミステリアスな人物として描かれました。
なぜハリーばかり憎むのか、ダンブルドア側かヴォルデモート側か、などの謎は、死ぬまでわからないように書かれています。
この重要な人物を、作者は他の人物以上に言葉や行動に気を使って描写したに違いない、と私は考えています。作品中にいくつか記憶として過去が紹介されましたが、まだまだ明かされていない家族の秘密があるはずで(マクゴナガル先生の両親の出会いすら書かれているのですから)、マグルのトビアスと純血のアイリーンがなぜ夫婦となってマグルの世界に住んでいるのか、物語が作られていないはずはない、と確信しています。そういった背景を踏まえて作者はセブルス・スネイプという人物の言動を文字にしていると思うんです。

物語が完結して多くの謎が解けました。上記の「なぜハリーばかり憎むのか」も「どっちの側か」も解決されました。けれど、まだ「この時スネイプ先生はどう考えていたか」という各場面での感情や思考は考える余地が残されました。
先に書いたように、私はスネイプ先生の思考を物語中の言葉で表せる(説明できる)と考えています。作者が注意深く選んで記した言葉の数々で。
7巻が出版される前から、作品中で「以前こう言ったから」「こういう行動をしたから」と引用してそれを根拠に人物像を作り、その場面のスネイプ先生の気持ちや考えを推測してきました(私はこれを考えることにとても幸せを感じていました)
膨大な言葉の砂の中から、スネイプ先生の人物像を作るピースとなる砂金のような砂粒を求めて、私は言葉をすくっては篩い、すくっては篩っていたのです。ハリー・ポッターという作品は、私にとっては神の作ったパズルのピースの集まりでした。

7巻後に残ったテーマで私にとって大事だったのは、「スネイプ先生はハリーをどう思っていたか」ということでした。これは考え続けるに値するテーマだと思って取り組んでいた矢先に、作者はそれを言ってしまったのです。
私のやっていることは、元々作者が散らしたヒントをすくい上げる職人や技術者のような作業ですから、自由に想像して自分の世界を広げる芸術家タイプの楽しみ方とは違って枠が決まっています。
私のような楽しみ方をしている者にとっては、作者の言葉は絶対です。神がパズルのピースを拾って見せた、神がパズルを完成して見せた。だから落胆したのです。

必ず答えはあると信じてまだ見つかっていない数式に挑む人たちに私がとても共感したのは、私のやっていることにも答えがあると思っているからです。真理は作品の中にあると信じているんです。
数式の番組の中で、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎氏(今では故人)が「分かるはずだ、分かりたいという欲望ですよね」と語っていて、まさにそれだと思いました。
そして、分かりたくても、神が数式を教えてくれたら彼らは喜ばないでしょう。自分で到達したいはず。
私も同じです。自分で到達したいのです。
神は答えを教えてはいけないんです。

● COMMENT ●

答えを見つけるという過程が楽しいものですよね。それが正解かと言われれば確定できないけれども、何か自分にとっての大切なものに道筋をつけて取り込んで行くようなそういう楽しみではないかと思います。
作者のことば、神のことばになってしまい、それこそが絶対といわれて想像と違ったら...それは読み手が誤って解釈しているということになるのはさみしいですよね。
少し違うかもしれませんが、ずっと好きな吹奏楽の曲で、初めて聞いたときから、フルートソロの部分は蝶が飛んでいると感じるのですが、作者がそのイメージではないと言われたらわたし自身、絶対困るだろうな、と思いました。長文失礼しました。

>kmyさん

ハリポタって、文字で説明された「見たことも無い物」をあれこれ想像するのが楽しかったり、推理小説的な謎解きの楽しさがあったり、巧みな人物描写に感情移入したり、色々な魅力がありますよね。私の好きな要素も単一ではないし、元々は世界観やストーリーに惹かれて夢中になったのですが、スネイプ先生を好きになってからは、作品中にははっきり書かなかったスネイプ先生の内面の設定を読み取ろうとするのが大きな目的になってしまって…
私が知りたいのは作者の意図なのでそこには正解があり、本人に言われてしまうともうお手上げです。
国語のテストじゃないんだからと思いますが、そこが楽しかったのでちょっと抜け殻のようです。
正解は存在するけれど、やはり過程が楽しく、正解は一生わからなくても構わなかったんです。

今回文字にして、私は自分で思っていたよりずっと自由な想像をしようとしていなかったなだな、ということがわかりました。
たぶん、作者も私のような楽しみ方は想像ができないのだと思います。作者の言葉に翻弄されない自由な想像を楽しむ読者を想定しているんじゃないかと思います。

曲を演奏する時は私も自由なイメージで「今、城が炎上している」とか勝手に想像しているし、作曲者の意図を知りたいと思ったこともないし、安房直子さんのファンタジーとかも作者の意図など考えようとも思わず、文字から想像される鮮やかな光景を楽しむんですけどね…
スネイプ先生だけが特別だったのだと思います


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